GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
2008年2月22日、米国FDA(医薬食品局)、EPA(環境保護庁)及びUSDA(農務省)は、微量レベルの未承認GMトウモロコシ種子の流出に関する共同声明を公表した。今回問題となった品種は、米Dow AgroSciences社(以下Dow社と略記)のDAS59132系統(以下Event 32と略記)で、同社からも同22日付で発表があった。追って2月25日には、USDAから詳細なQ&A が公表され、Dow社の日本法人からも情報提供が行われた。
これらによれば、Event 32が、同社の商品名Herculex RW及びHerculex XTRAの3系統に微量混入し、米Mycogen Seeds社を通じて06年と07年に販売され、商業ルートに流出した。08年の作付け用種子はDow社により自主回収された。Event 32は、米国や日本で安全性承認済みのルートワームなどへの抵抗性と除草剤グルホシネート耐性を併せ持つ姉妹関係のDAS59122-7系統(Event 22)と同じタンパク質Cry34Ab/Cry35Abを発現するだけなので、公衆衛生、食品や飼料安全性、さらに環境安全性にも一切懸念はないと判断した、という。
つまり、姉のEvent 22は商品化のため承認を得たが、妹のEvent 32は商品化を中止したので、承認申請が行われなかった。Herculex系統へのEvent 32の花粉の混入は、Dow社自身の小規模試験区内で起きたと推測されており、混入率は最大で種子1000粒中に3粒、07年のトウモロコシ生産量の100万粒のうち2粒(0.0002%)に相当(条件が複雑な商業栽培圃場での交雑は計算されていない)する。
日本政府に対しては、2月22日に米国大使館を通じて事態の説明があり、翌2月23日には、厚労省と農水省がプレスリリースを出している。Dow社からは既に日本政府に検査法が提供されており、有効性検証などの態勢が整い次第、Event 32を未承認GM品種として対象とした水際モニタリング検査が開始される。
これらを読みながら、筆者は奇妙な既視感に捉われた。それは、05年3月の同じ未承認GMトウモロコシBt10の流出事故を思い起こしたからだ。従って、筆者が述べたいことも、Bt10の時にほぼ言い尽くしている。
Bt10では、抗生物質耐性マーカーが存在していたことが後から判明し、EUを中心に揺り戻しがあったが、Event 32には抗生物質耐性マーカーは使用されていない。開発メーカーの報告から米国政府公表までが、Bt10の約3カ月間に対し、Event 32の場合はわずか1週間というのは、この関係によるものだろうか?
発覚後も長期にわたりモニタリング検査で発見され続け、日本の業界を苦しめたBt10の混入放置期間4年に対し、Event 32は2年。混入した種子の全トウモロコシ栽培面積に占める比率はBt10の4年間のべで最大0.01%に対し、人気ブランドに混入したEvent 32が07単年で約0.06%、但し、Event 32の未承認種子自体の混入率0.0002%に対応するBt10の数値は見当たらなかったが、Bt10の方が高いハズだ。
このような条件で、Event 32のモニタリング検査が開始された場合、どのような結果を招くのかは予測できないが、いずれにしろ関連飼料・食料業界にとってはロシアンルーレットに強制参加という不安や、重苦しい状況に陥ることは間違いないだろうし、畜産飼料輸入を切らせないために農水省も苦悩していることだろう。
Dow社は、米国内でこそこの種の混入・流出事故を起こしていなかったが、04年8月に日本での隔離圃場試験で未承認GMトウモロコシを誤栽培し、再発防止プログラムを公表している。これは画餅か?せっかくBIOが音頭をとった混入・流出事故防止スチュワードシッププログラムもかたなしだ。Dow社は猛省すると共に、輸出国関連業界に対しては誠意ある対応を取って頂きたい。
Dow社などにとっては間が悪いことに、2月29日にGreenpeace International が、世界中でGM作物のコンタミネーション事故が増加しているという2007年次報告を発表した。実リスクがどれほどあるのかは措くとして、LLRICE601のように同一事故に起因する例を国別に列挙する水増し作戦(枝葉を数えて木の本数とするようなもの)が、数の力で一般消費者の眉をひそませる効果は十分あり、少なくとも前回書いたFOEI よりはいい仕事をしている。
今後、推進派から出てくるだろう論調の一つを、同じ2月29日付米Washington Times紙に掲載されたStanford大学Hoover研究所の Henry I. MillerとCompetitive Enterprise Instituteの Gregory Conkoコンビによる論評に見ることができる。
この論評自体は、EUのWTOのGMOパネル裁定不履行などに対する批判が主題なのだが、非科学的で貿易障壁となる(EUの)GM規制そのものをパネル裁定が問題としなかったことに対し、強い不満を表明している。
GM規制は、「なんらかの正当な危険の存在を示す危険分析の結果に基づくべき」であり、「規制の度合いはそのリスクに応じて定められるべき」だという主張である。Miller博士は、この論評に先立つ2月7日に、国連(FAO)もGMに対し過剰規制 だと噛みついている。
原因がどうあれ、未承認GM作物の微量混入は非常に難しくやっかいな問題だ。Codexのバイオテクノロジー応用食品特別部会で、米国はかって試験栽培も含む未承認GMの微量混入も認めるよう提案し、EUなどが鼻白んだ。結局、輸出国承認・輸入国未承認GMの微量混入に限り、規制は輸入国側が決めることで決着したが、Bt10やLLRICE601、そしてEvent 32のような問題が頻発すると、この議論は再び俎上に上がってくるだろう。
GMO論争は、いわばコップの中の嵐だと今まで筆者は考えてきた。しかし、割と堅固だと思われていたそのコップにヒビが入り、各地でさまざまなきしみや破断音を響かせながら、コップはもはや砕け散りそうな状況である。それはマクロ的には地球環境であったり世界の食糧需給だったりし、関連産業や流通構造の変化を介在して、ミクロ的には個の食卓に及ぶ。
最後にもう一本、米国記者クラブに招かれたAndrew von Eschenbach FDA長官のスピーチ に触れておきたい。FDA長官の一貫した主張は「変革」である。21世紀のクローン動物やGM作物、生物学を変えてしまう医薬品などに対応するために、FDAは「再創造」を必要とすると強く訴えかけている。
具体的には、職員の大幅増員と教育、ソフトウェアシステムの更新とデータベースの拡充、米国向け輸出産品を管理するために「問題児」中国へのオフィス進出計画などが示され、これらのために必要な国内法改正に向けての支持を求めている。
「世界に冠たる」FDAにしてこうなのだ。FDAは、ともかく国民を守ることに真摯であり、批判を受けた現状を認めて、必要な法改正を唱える勇気とビジョンを持つ。これは米国の一つの強さだろう。求められているのは各々の立ち位置の再確認と、パラダイムシフトに即応した戦略と実行なのだ。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)