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GMOワールド

崩れたGM混入率ゼロ神話〜オーストラリアの妥協

宗谷 敏

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 オーストラリア連邦政府と州政府とは、頻発したGMナタネの混入に対応するための新しいルールで合意に達したと伝えられる。両者の妥協の産物とも思えるこの処置の裏側は、あらゆる農業国におけるGMO栽培是非を巡る悩みを浮き彫りにしている。

参照記事1
TITLE: GM threshold up
SOURCE: The Wimmera Mail-Times, by Eugene Duffy
DATE: Oct.28, 2005

 この新規則ではGM混入率を、ナタネ収穫物の0.9%まで許容し、播種用種子に関しても今後2シーズンは0.5%まで、それ以後08年は0.1%まで許容する。0.9%はEUのGM閾値を意識し、種子の方は現在の播種用種子へのGM混入を認めざるを得ないが、検査管理を厳しくして2年後には混入率を下げる予定という苦渋の決断だ。同時にGM反対派から盛り上がった損害賠償責任法論議をかわし、農家を救済するための現実的政策でもある。

 主にビジネス上の理由から州レベルでGMOの商業栽培モラトリアム(禁止)を貫いてきたオーストラリアだが、8月22日の拙稿で触れた通り、5月末のビクトリア州(東部)を皮切りに、8月には西オーストラリア州(西部)、9月には南オーストラリア州(中央部)およびニューサウスウェールズ州(東部)と、次々にGMナタネの微量混入が確認され、ナタネ生産州は仲良く枕を並べて討ち死にしてしまった。

 混入が確認されたGMナタネは、Bayer Crop Science社の除草剤グルホシネート耐性ナタネTopas19/2およびMonsanto社の除草剤グリフォサート耐性ナタネである(12月5日訂正:10月4日付の The Border Mail 紙によりましたが、その後AOF:Australian Oilseeds FederationおよびMonsanto社に確認したところ、グリフォサート耐性ナタネは公式に確認されていませんでした。お詫びして訂正します)。原因は当初試験圃場からの交雑の可能性が疑われたが、こうなると農家が購入した播種用種子の段階で、既に微量混入があったと推測した方が理にかなっているだろう

 幸いだったのは、オーストラリアと日本を含む輸出先でまるっきり未承認という品種が存在しなかったことだが、この事態はオーストラリア国内にさまざまな論議やリアクションを引き起こす。例えば、9月中旬ニューサウスウェールズ州は、03年3月に決定したGM作物の商業栽培(試験栽培は除く)3年間のモラトリアムを、さらに2年延長し08年3月までとし、同時に州内にあるGMナタネ試験圃場の大部分を破壊した。

 おおざっぱに言ってしまえば、連邦政府とGM関連事項を一元管理する連邦遺伝子技術規制官事務所(OGTR)は、プロGMで、これに対しGMモラトリアムを続ける各州政府とGreenpeaceなどの環境保護団体がGMに対しネガティブである。一方、農家はこのどちらかの意見に与し、二つに割れているのが現状だ。

 交雑などによる環境影響とGM混入でNon-GMマーケットを失うという商売上のリスクを論拠とする否定派に対し、推進派の方は、既に自国で大規模生産されるGMワタ(04〜05年20万ヘクタール、全作付面積の85%)やGMカーネーション、ライバルカナダのGMナタネ導入による成功を目の前にして、ニッチなNon-GMマーケットに拘ることにより、研究開発の遅れや国の農業が技術的に取り残されることによる経済利益逸失を懸念する。

 オーストラリア農業資源経済局(ABARE)が9月に発表した報告書は、州のGMモラトリアムは、生産性の滞留から今後の10年で、15億豪州ドルから最大60億豪州ドルの損失を招くだろうと警告し、GM反対派からの猛反発を呼んだ。

 各論に絞れば、オーストラリアの04〜05年ナタネ生産量は、150万トン程度で、カナダの850万トンに比べればまだ小さい。オーストラリアから Non -GM市場向けに日本への輸出は好調(04年63万トン、カナダは168万トン)だが、GM混入率0.9%は日本の5%を許容する表示ルールから、未承認品種でない限り法的になんの問題も生じない。もともとナタネ油と非食用ナタネ粕はGM義務表示対象外だし、不使用の任意表示も依然として可能である。

 対日市場におけるビジネス上の影響は不透明だが、全量を代替しうるNon-GMナタネ供給先は存在しないし、国産ナタネに至っては年産1000トン程度と壊滅状態だから、こちらも安泰だろう。バイオディーゼル向けナタネ需要の盛り上がるEUには輸出余力がないし、残留農薬問題も心配だ。バイオディーゼル需要は、オーストラリアとしても今後見逃すべきではない。これについてはEUのGM規制対象外との見方もある。

 一方、ナタネという植物は、性質上GMとの共存農業が難しいこともまた事実だ。言葉を代えれば、微量混入を許さない限り、GMナタネの生産やナタネの国際貿易はもはや成立しない。無邪気にGMを増やし続ける米国やカナダ、命を賭けてきた混入率ゼロが神話でしかない現実を思い知らされたオーストラリア。これらに比べれば、ことここに至りGM農産物との共存を必死に模索するEU農業諸国は、ちょっとオトナなのかもしれない。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)