科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

道畑 美希

京都大学農学部修士課程修了後、外食企業を経てフードコーディネーターに。東洋大学講師・Foodbiz-net.com代表

外食・中食、よろしゅうおあがり

行政の支援は待てない、自分たちで地域を守る〜福島県東和の生産者

道畑 美希

キーワード:

 6月下旬の週末、福島県二本松市東和地区のNPO法人ゆうきの里ふるさとづくり協議会を組織する生産者や事務局を訪ねた。東和地区は、福島原発から西北に40kmの圏内。東には阿武隈山系があり、これらの山の壁になっているせいか、環境放射線量は、福島市や郡山市に比べると比較的小さい値を示している。しかし、地区内の道路標識には、浪江町や南相馬といった文字がでてきて、若い学生も一緒なだけに、正直、緊張も感じる。

今までの努力が水のアワ

 震災直後は、行政から作付け制限が発せられるなどして、多くの生産者の士気が下がってしまったという。高齢かつ後継者のない生産者の中には、これを機に農業をやめるという例も少なくないそうだ。

 同協議会は今まで、耕作放棄地を減らすため、また、新規就農者を迎えるために多くの努力を重ね、実績も積んできた。過疎地域自立活性化の優良事例として、総務大臣賞を受けたこともある。農業生産についても、地区内に3か所のたい肥工場をもち、有機農業にも力を入れ、安全な野菜をということを優先して農業をやってきた。それなのに、と同協議会の事務局を務める海老沢誠さんは、悔しがる。海老沢さん自身も数年前に大手電機メーカーを退職して、大阪から移り住んできた経歴の方である。

 ちなみに、同協議会の拠点である、「とうわ道の駅」ではこれまで、年間2億円を売り上げていたそうだ。数億円以上稼ぐ道の駅や直売所はざらにあるが、この「とうわ道の駅」は、広い売り場を持つわけでなく、また大都市圏から近いわけでもない。にも拘わらず、この売上は立派な数字。協議会に所属する生産者の今までの努力の賜物だったのだろう。

検査に基づく4つのステップ

 おなじ被災地でも、がれきが堆積する沿岸の風景とは異なり、崩壊した建物やがれきがあるわけでない。何も風景は変わっていない。また、急を要する避難地域に指定されているわけでもない。深刻な問題を抱えているのに、世間からの注目が集まりにくく、助けの手が差し伸べてもらいにくい状況におかれている。

 しかし、悲観はしておれない。国や自治体の支援を待ってはいられない。原発事故や風評被害に向き合い、地域自身で地域を守っていくのだと、協議会では、以下の段階を追って、放射性物質汚染の測定を計画しているという。第1ステップでは、地区内の会員生産者の畑で環境放射線のモニタリングを行う。第2ステップでは、野菜を独自で測定をする、直売所で販売する野菜についてのその情報を開示する。そして第3ステップでは、土壌の検査を計画しているという。とりあえず自分たちでできるところ始めようと、今はガイガーカウンターを持って、地区内数十か所の畑で、雨の降らない日以外は毎日測定を続けている。
 ガイガーカウンターでの測定では不十分であるのは承知の上、目安でしかないとはいえ、測定することに意義があると考えているという。

 第2ステップ以降は、しかるべき検査機関に分析を依頼することを考えているという。が、これらについては、時間もかかり、費用も数億円が必要になるという。国からの補償金は、いつかはでるだろうが、それをアテにしていては、時間が経過するばかり。
 道の駅の売り場の脇には、出荷している生産者それぞれの生産履歴ファイルが閲覧できるように置かれているが、今後は、放射能にかんするデータもこれらのファイルに加えていきたいとも話されていた。

 そして、最後の第4ステップでは、山林の再生ということを掲げ、伐採した枝などで木質チップをつくり、稲わらの代替にしようとしている。もちろん、山林の樹木についても、検査は必要である。


ビジョンを示した上での安全論議

 私たちが伺った週末は、ちょうどさくらんぼ祭りの日で、例年は観光バスが列をなすほどの賑わいだったそうである。翌週開かれるはずだったロードレース大会も中止となるなどして、観光客は激減している。ただ、道の駅の売上は、なんとか2割減というところにとどまっているそうで、近隣地域の支えがあればこそと、海老沢さんは話されていた。一方、地域内でも、子供たちの食べる給食に地元の野菜を食べさせていいものかという議論もあるそうで、地域内での温度差もかなりあるのだろうと感じた。

 福島の原発は、いつ収束するか終わりがみえない。また最近は、ホットスポットなるもの存在も明らかになるなど、福島だけの問題では決してないはず。東和の生産者が、「ここで農業をやめたら、自分たちの生活の問題だけでなく、里山が荒れる、山から害獣となる動物も下りてくるし、景観も保たれない」と話されていたのが印象に残った。もっと広い視野で考えていく必要があるのだなと感じた。

 食品専門誌関係者と話していたら、「最近、科学者や有識者といわれる人たちが、安全、安全というのが、空回りして聞こえる。今は安全かもしれないが、この先は安全でなくなるのではないかという不安の方が大きい。」と言っていた。数値ばかりで安全といわれても説得する力にはならない。この先、私たちの食生活どうするのか、また、農業生産をどうするのか、という国や自治体やレベルのビジョンが示せない限り、数値も虚しいものとなる。

執筆者

道畑 美希

京都大学農学部修士課程修了後、外食企業を経てフードコーディネーターに。東洋大学講師・Foodbiz-net.com代表

外食・中食、よろしゅうおあがり

食のマーケティングやレストラン経営が専門。社会に出てから食を見続け、食べ続け、四半世紀。もはや語り部と化すおババのコラムです