安全と安心のあいだに
消費者が絶対安全を求め、科学的根拠のない安心を得ようとするのはなぜなのか? リスクコミュニケーションの最前線から考える
消費者が絶対安全を求め、科学的根拠のない安心を得ようとするのはなぜなのか? リスクコミュニケーションの最前線から考える
東京大学名誉教授。食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会専門委員。日本学術会議副会長
3月11日の福島第1原発の事故発生後、福島県は原発から3キロ圏内を避難地域に指定し、10キロ圏内に屋内退避指示を出した。しかし12日に原発1号機で水素爆発が起きて放射線量が増加すると避難地域を20キロに拡大し、15日には30キロ以内の住民に屋内退避指示を出した。
一方、米国政府は16日に避難地域を80キロとし、救援活動中の米軍の80キロ圏内立ち入りも禁止。駐日米大使は「科学的、技術的な情報と、日本政府による公開情報を検討した結果」と説明した。そして17日に米国大使館職員の家族に国外への避難を勧告した。
日米の対応の違いは、日本政府と東京電力が重大な事実を隠しているという憶測を呼んだ。東京電力と経済産業省原子力安全・保安院の説明も稚拙で、事実と推測を明確に説明できず、記者の非難を浴びることもあった。
枝野官房長官は17日の記者会見で米国の措置を「自国民保護の観点」と理解を示しながらも、日本は「データを見ながら国民に被害を与えないよう指示している」として、変更しない考えを示した。ところが産経新聞(3/20)によれば保安院の担当者は「避難地域の設定に明確な根拠はない。混乱が発生しないように、さまざまなことを総合的に考慮した政治判断だ」と発言をしたという。
避難地域の日米の違いは政治的判断だ。しかし判断の背景には科学的な根拠があるはずだ。米国側の根拠を16日付New York Times紙が報じている。それは、1986年のチェルノブイリ原発事故と同程度の事故の想定だった。このとき原子炉から10トンの放射性物質が放出され、その強さは広島に投下された原爆の数百倍に匹敵し、事故当日の死者は3000人とも言われる。このときの避難区域は30キロだった。
もう一つの大事故が1979年のスリーマイル島原発事故だった。この時には16キロの避難区域の設定により住民の被爆は避けられ、環境への影響も軽微で、現在は残った原発の稼動が続いている。
福島がチェルノブイリになるのであれば避難地域が80キロでも不思議ではない。しかし、それは科学的な判断とはいえない。実際に17日のWall Street journal紙(電子版)は80キロの避難地域設定の根拠に米国の専門家が疑問を抱いていることを報道し、同じ日に米エネルギー省は日本側の措置に問題はないとの認識を示した。
リスク管理の程度で費用と共に政治家の評価が決まる。オバマ政権が80キロの避難区域を設けることで失うものより得るものが大きいのは明らかだ。一方、菅政権と日本国民にとってはわずかなリスクの回避のためにさらに多くの避難者を出すわけには行かない。
避難区域の設定は、原子炉周辺の放射能強度と健康被害の程度に基づいて計算される。保安院は当然それを知っているはずだが、「避難区域の設定に根拠はない」という発言は説明不足だ。国民の不安と政府への不信を拡大しないために、丁寧で分かりやすい説明が求められる。
東京大学名誉教授。食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会専門委員。日本学術会議副会長
消費者が絶対安全を求め、科学的根拠のない安心を得ようとするのはなぜなのか? リスクコミュニケーションの最前線から考える