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執筆者

谷山 一郎

農業環境技術研究所に2014年3月まで勤務。その間、土壌保全、有害化学物質、地球温暖化の研究に携わる。現在は伊勢市在住

環境化学者が見つめる伊勢神宮と日本の食

22 マダイ・・・日本人も神様も大好きな魚

谷山 一郎

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写真1 「伊勢まだい」の神饌風盛りつけ(2016年5月21日)

写真1 「伊勢まだい」の神饌風盛りつけ(2016年5月21日)

(1) 食材としてのマダイ

 タイ(鯛)は広義では、マダイ、チダイ、クロダイなどスズキ目タイ科にイトヨリダイ科、フエフキダイ科を加えた魚ですが、その他に赤い色をした○○タイと名のついた魚は300種以上もあります。狭義ではマダイ(写真1)をさすので、ここではタイの代表としてマダイについてお話しします。

 マダイは北海道〜九州、東シナ海、台湾に棲息しています。平たい楕円形に二叉に分かれた尾があり、体色は光沢のある淡紅色で、コバルトブルーの小斑点が散在しています。強いあごと犬歯・臼歯をもち、肉食性で、ゴカイ、エビ、イカ、ウニや魚類などを好んで食べます。いかもの食いのわりには、白身のしまった肉質で淡泊な味で臭みがなく、しかもうま味が多いので日本人に好まれてきました。

 肉質は脂肪が少なく酵素力も弱いので、古くなっても比較的味が落ちにくいこともあり、縄文時代の貝塚から骨が発見されるなど昔から食用にされていました。しかし、江戸時代初期に、漁法や生け簀が改良されるとともに醤油が普及し、刺身として食べられるようになってから、高級食材の代表とされるようになりました。しかし、近年は重要が多いにもかかわらず国内での漁獲量は減少し、外国産のタイの漁獲量が増えていきました。

 マダイが神事や祝祭に使われてきた歴史は古く、藤原京や平城宮跡から出土した木簡には鯛の名が記され、朝廷の御料として用いられていました。また、古事記の海幸山幸の神話で、山幸彦が海幸彦の釣り針を失って海底の海神(わたつみ)の宮へ探しに行き、海神が魚を集めて尋ねると、「赤海鯽魚」の喉に釣り針が引っかかっていることが分かるという話があります。ここで、鯽はフナ、海鯽魚はクロダイ、赤海鯽魚はマダイを意味していると言われています。古事記の神話は、世界観や生死観などとともに、諸物の起源および生産の原理などが語られている(萩原ら,1973)ので、それに従えば、山幸彦の話は、古事記が編さんされた712年以前に、かえしのついた鉄製の釣り針によって漁獲されていた数多くの魚の中の代表はマダイであったということを伝えていると言えます。

 平安時代の法令集「延喜式」には、鯛が和泉(大阪府)、伊勢(三重県)や三河(愛知県)などから朝廷へ献上され、祭事の神饌に用いられたことが記載されています。このうち鮮魚は和泉だけで、他の地方の鯛は冷蔵技術のないため干物や塩漬けなどの加工品でした。天皇の即位の際に行われる祝宴「大饗の儀」の献立は究極の日本料理のご馳走といえますが、今上天皇の大饗の儀の献立には、平焼(切り身の塩焼き)、鯛ひれの澄まし汁、お造り、姿塩焼き、かやく御飯の鯛そぼろと5種類もの鯛料理が供され(鎌田,2003)、今も皇室の祭事の食事には重要な役割を果たしています。

写真2 神道博物館に陳列されている乾鯛(干鯛)のレプリカ(2016年2月23日)

写真2 神道博物館に陳列されている乾鯛(干鯛)のレプリカ(2016年2月23日)

(2)神饌としてのマダイ

 神宮の神饌としては、「皇大神宮年中行事」(1191年)に「篠嶋御贄干鯛四十二隻」とあり、愛知県にある篠島から干物のマダイが42尾供進されていることが記録され、それ以前から神饌として干鯛が取り上げられていたようです。神宮の神饌では、アワビに次ぐ大切な魚とされ、現在では、丸身の干物(写真2)、生の切り身と丸身が用いられています。

 神宮の毎日の神饌である常典御饌では、夏を除いて腹を開かない丸身の生鯛を土器の上にトクラベの葉を敷いて盛りつけられます。鯛の尾の付け根は麻緒と呼ばれる麻の糸で結び、その麻糸を口に引き回して止め、口に引いた麻糸に胸びれをはさんで立て、生きのよさをアピールする姿にしてあり、せんぐう館の展示室でレプリカを見ることができます。写真1はマダイを木綿糸で結びましたが、死後硬直のためか胸びれは立ちませんでした。しかし、わが家の八百万神や先祖にとっては久しぶりのご馳走となりました。

 神宮の6月の月次祭之の由貴大御饌では切り身と干物が、神嘗祭と12月の月次祭では干物だけが供えられます。切り身は目の下45cmの大きなマダイを三枚に下ろし、それを2切れに切断して、4枚にし、6寸土器に皮を下にして2枚を置き、その上に皮を上にして2枚を重ねたものが28皿用意されます。毎年、切り身用の身卸鯛が28尾、約36センチの大干鯛と約21センチの小干鯛の合計508枚が用いられます(矢野,1981)。

写真3 篠島干鯛調製所(2016年3月6日)

写真3 篠島干鯛調製所(2016年3月6日)

(3)篠島の御幣鯛

 この508枚の干鯛を御幣鯛(おんべだい)と呼び、今でも愛知県の篠島で漁獲・加工されます。篠島は知多半島の沖合にある周囲約6kmの島で、鎌倉時代は志摩国に属し、神宮領でした。今は篠島本島と繋がった北中手島と呼ばれる島に神宮御料干鯛調製所という施設があり、地元の漁業協同組合が干鯛を調製しています。干鯛は,生のマダイの内臓を除いて井戸水でよく洗い,海水で浄めて,食塩を大量に入れた樽に漬け,倉庫に数日貯蔵されたものを西風の強い日に再び海岸に運び,潮洗いして一枚ずつ広げ,竹の串で腹を開いて浜で干して完成です(矢野,1981)。レプリカや写真でみるとほとんど塩まみれといった状態でそのままでは相当塩辛そうです。

写真4 篠島神明神社(2016年3月6日)

写真4 篠島神明神社(2016年3月6日)

 この島には、奈良時代(771年)に外宮から土之宮三座を勧請した神明神社があります。かつては伊勢土之宮と称し、祭神は外宮土宮と同じ大地の神である大土御祖神(おおつちみおやのかみ)、穀物神の大年神(おおとしかみ)および食物神の宇迎之御魂神(うがのみたまのかみ)です。神宮を詣でる伊勢参りの最後は、篠島の伊勢土之宮に参拝して「宮巡り」の成就とし、悪天候などの事情により篠島に渡れない場合は伊勢市の二見浦に設けられた遥拝所から土之宮を拝したと伝えられています。かつてはこの神明神社の境内で干鯛の調製を行なっていたとのことです。

写真5 御幣鯛御用船の神社港への入港(2015年10月12日)

写真5 御幣鯛御用船の神社港への入港(2015年10月12日)

 また、神宮の式年遷宮の後、幣帛や古神宝が納められ普段は見ることができない内宮瑞垣内の東宝殿の古材をリユースし、藁屋根を銅葺きにして建て替えます(南知多町,1991)。

 篠島で調製された干鯛は、神宮の三節祭にあわせて、6、10、12月の年3度納められますが、神嘗祭に先立つ10月12日9時から、篠島から船で輸送される干鯛を荷揚げする「御幣鯛船歓送迎式典」が、伊勢市神社港(かみやしろこう)で行われます。

写真6 神社港における辛櫃に入った御幣鯛の参進(2015年10月12日)

写真6 神社港における辛櫃に入った御幣鯛の参進(2015年10月12日)

 内宮御用を示す「太一御用」の旗を掲げた御幣鯛船を歓迎する小学生の鼓笛隊や和太鼓の演奏があり、歓迎式典の後、辛櫃に入った御幣鯛を内宮へ奉納します。その後篠島の関係者は島の特産物の即売会を開催するとともに神社港の住民に餅まきなどをして両住民との交流を深め、14時に篠島へ向けて出航していきました。

(3)フルーツ鯛


 近年、天然物のマダイの漁獲量の減少と高価格化に対応するため、各地の漁業栽培センターでマダイの種苗を生産し、沿岸に放流したり、養殖に用いています。1970年代に稚魚の人工ふ化技術が確立され、おもに温暖な西日本の、波静かなリアス式海岸となった地域において、マダイの養殖が盛んに行われるようになりました。養殖マダイは年間6.4万トンと天然マダイの約4倍生産され(2015年)、愛媛県宇和島市周辺が盛んで、熊本県、三重県、長崎県および高知県などがこれに次いでいます。

 養殖技術の進歩とともに養殖物が大量に出回るようになって価格は下がり、「高級魚」ではなくなりつつあります。養殖マダイは陽光の差し込む水深では日焼けして体色が濃い褐色となり、商品価値が下がるため、マダイの養殖生簀の上には通常黒いネットを張って日焼けを防ぎます。また、本来栄養成分として、タンパク質が多く、脂質が少なく、酸化されにくいのですが、養殖物は狭い空間で運動不足になりがちで充分な餌を与えられるため、天然ものより脂質が多いといわれています(鈴木,1992)。

 ところで、日本において、餌にかんきつ類などの果物生成物を混ぜて育てた食用魚のことをフルーツ魚というそうです。高知大学が開発して2007年に販売された鹿児島県の「柚子鰤王(ゆずぶりおう)」が最初で、魚肉の褐色化を抑える技術がもとになり、生臭さを抑えるだけではなく、果物などの香りがする魚も開発されています(高知大学,2016)。

 三重県でも、三重県産の茶葉、セミノールなどのかんきつの皮および海藻のひじきの粉を2%加えた飼料を出荷前に14日間以上与えて育てた「伊勢まだい」(写真1)が三重県南部の海で養殖されています。伊勢まだいの肉は中性脂肪や内臓脂肪が少なく、歯応えや体表の色彩が良くなり、鮮度保持効果が確認され、香気成分が筋肉に移行して魚臭さがなくなったとのことです(三重県水産研究所,2016)。かんきつの味や香りは感じませんでしたが、販売店の話では、値段は普通の養殖マダイよりも高いものの、生臭さも少なく、淡泊で天然物に近い味だと指名する購入者がいるそうです。

(5)ガイド

篠島神宮御料干鯛調製所、篠島神明神社:愛知県南知多町篠島
列車:名鉄河和線河和駅から連絡バスで河和港。港から高速船35分。徒歩5~10分
自家用車:南知多有料道路豊丘ICから師崎港。港から高速船またはカーフェリー。
神社港:三重県伊勢市神社港
バス:伊勢市駅または宇治山田駅から三重交通バス一色町行き15分神社港下車、徒歩5分
自家用車:伊勢自動車道伊勢IC から北4km、式典当日臨時駐車場あり

参考資料:
鎌田純一(2003)即位礼・大嘗祭 平成大禮要話,p1-317,錦正社
高知大学(2016)柚子鰤王
三重県水産研究所(2016)養殖魚の付加価値向上に向けた取り組み,研究成果パンフ
南知多町誌編さん委員会編(1991)南知多町誌本文編,p1-954,南知多町
萩原浅男ら(1973)古事記 上代歌謡,p1-513,日本古典文学全集1,小学館
鈴木克美(1992)鯛,ものと人間の文化史69,p1-410,法政大学出版局
矢野憲一(1981)魚の民俗,日本の民俗学シリーズ5,p1-190,雄山閣

執筆者

谷山 一郎

農業環境技術研究所に2014年3月まで勤務。その間、土壌保全、有害化学物質、地球温暖化の研究に携わる。現在は伊勢市在住

環境化学者が見つめる伊勢神宮と日本の食

食や農業と密接な関係がある伊勢神宮。環境化学者の目で、二千年ものあいだ伊勢神宮に伝わる神事や施設を見つめ、日本人と食べ物のかかわりを探る