科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

贈る新大陸と塞ぐ旧大陸~途上国への眼差し

宗谷 敏

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 米国の大富豪Bill Gates氏夫妻とその財団が、途上国の救済手段として遺伝子組み換え(GM)作物(だけではないけれど)を熱心に支持していることは、時に冷笑的に、あるいは批判的(どうせ金出すのなら有機にしろよ)にさえ巷間語られてきた。
 しかし、その裏にあるエピソードの一つと、カナダ政府に与えた影響については知っておくべきだろう。同時にヨーロッパの強固な反GM作物姿勢が、どのように形成されたのかを知るのも、ムダではないだろう。

 
TITLE: Grandest Challenge: The Toronto-born crusade to cure the world’s sick
SOURCE: The Star
DATE: 23 Sep. 2011

 「1997年、オマーンで外科医としてのキャリアを積んでいたAbdallah Daar博士は、姉妹がタンザニアでマラリアにより亡くなったという悲報に接する。年間100万人が伝染病で死去するサハラ以南アフリカや30秒毎に子供がマラリアで落命するアフリカにおいて、それはごくありふれた悲劇の一つだった。しかし、Daar博士は、それを変えようと決意する。

 カナダのトロントに移ったDaar博士は、トロント大学の医薬とバイオ倫理学教授Peter Singer博士と組んで、貧富の間の健康ギャップを埋める世界的な挑戦のリーダーの一人となる。これらの経緯は、二人が著した最新刊書『The Grandest Challenge: Taking Life-Saving Science from Lab to Village』 に詳しい。

 先ず彼らは、途上国の健康を改善するためにバイオテクノロジーの10大プライオリティを実現するよう科学界に求めた。このリストは、「Nature Genetics」誌上に02年に発表され、伝染病を調べる簡易な携帯装置の作成から、主食のコメやキャッサバにビタミンやミネラルを加えて栄養を改善することまでがラインアップされた。

 二人のこれらの取り組みは、米国Microsoft社の創設者Bill Gates氏と妻が率いるBill & Melinda Gates 財団から注目され、世界的な健康を改善することを目的とする財団の『重要な挑戦』の設計を手伝うよう招聘される。

 Singer博士は、これを『重大な分岐点』と呼ぶ。その結果は、マラリアを一掃するために蚊の遺伝子を組み換えることから、HIVワクチンの試験のためにマウスにヒトの免疫機構を与えることまで44の研究チームに対し、総額4億5000千万ドルの資金が供給された。

 08年、Gates 財団の挑戦に刺激を受けたカナダ政府が、二人に接触する。『カナダの重要な挑戦』 計画で、Singer博士はCEOに、トロント大学で公衆衛生と外科の教授となっていたDaar博士は科学と倫理学のチーフオフィサーに任命される。
その結果、5年間で2億2千5百万ドルの公的予算が計上され、地元の革新者が健康を改善する新技術を開発して市場に出すのを手伝い、影響を受ける共同体に助言するNGOが組織された。」

 以上がこの記事の前説抄訳だ。これに続くDaar博士とSinger博士へのインタビューは長いので記せないけれど、なかなか興味深い。特にマラリア対策に蚊を細工する様々なアプローチがDaar博士から簡潔に紹介されているのは、整理された情報に乏しかっただけに貴重だろう。

 ビタミンA前駆体を強化したゴールデンライスなど途上国救済型GM作物への抵抗について問われたSinger博士は、「 正しいアプローチは『このGM作物のリスクとベネフィットは何か?』であり、GM全体を解析するより、むしろそれぞれ個別の作物で判断すべきです。GM作物は広く栽培されていますが、重要な危害はありませんでした。世界はもっと多くの食料が必要であり、干ばつに抵抗する作物をより必要としています。」と答えている。

 また、多国籍企業については、Daar博士が「コストと市場規模から、最初は貧しい人たちのための製品開発に興味を持っていなかったが、その態度は変わりつつあり(特に製薬企業)、彼らとの協力は充分に可能だ」と述べている。但し、莫大な利益を得ている多国籍企業は、それらを開発研究に投資していると説明するが、その方向性をもっと貧しい国や中間所得の国に向けて欲しいという注文も忘れない。

 最後に、Daar博士は、チャリティーは素晴らしいが、時に依存を招く。途上国にも素晴らしいアイデアを持っている多くの人々がいるから、それらを開花結実させなければならないと指摘している。

 
 さて、新大陸のGates 財団やカナダ政府後援のNGOが、アフリカなどの途上国を救おうと新技術開発に向けて積極的に活動しているのに比べ、旧宗主国がズラリと居並ぶ旧大陸ヨーロッパの具体的な動きはいかにも鈍い。それはなぜか?

 英国エジンバラ大学とウォーリック大学の研究者二人による報告書「世界の食料安全保障とモダン・バイオテクノロジーの管理」 は、その謎の一端を解き明かしている。

 このリポートが示唆するところでは「EUにおいては反 GMO グループが、政策立案について大きな影響力を持っており、技術のパブリック・アクセプタンスを脅かしている。同様に、彼らは現在と未来の世代への食料供給を確保しようとする世界的な挑戦に対するヨーロッパの回答を妨げている。」

 「10年間におよぶ証拠から、EUのGM作物規制は80年代からより民主主義的ではなく、より(科学的)証拠ベースではなくなってきた。自然食品ロビイストのような反GMグループや環境保護NGOが政策当局に影響を与え、意志決定プロセスを独占する。」

 「その結果、GM作物技術の広範囲な採用からは、どのような直接的な危険の証拠も欠如していたにもかかわらず、植物バイオテクノロジーに対し世界の他の地域より大きな制限がヨーロッパには存在した。同じく、ヨーロッパに受け入れ市場を見いだせないため、いくつかの途上国が、農産物滅失の減少と収量増加から利益を得られるかもしれないのに、GM作物の採用に抵抗している。」

 「技術の使用に反対するNGOによって、GM作物の試験栽培圃場が恒常的に破壊されていては、リスクとベネフィットの証拠を集めることは難しい。基礎研究と製品開発のための資金が調達できなければ、環境に有益かもしれないGM製品を開発したり、食料安全保障に貢献したりすることは困難だ。」

 ベストセラー『Justice: What’s the Right Thing to Do?(邦題:これからの「正義」の話をしよう-いまを生き延びるための哲学)』の著者であり、NHKで放映されている「白熱教室」 でも話題の米国ハーバード大Michael J. Sandel教授なら、新・旧大陸どちらのNGOにより「正義」があると判断されるだろうか?そして、FOOCOM.NET読者の諸兄姉はいかがでしょうか?

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい