科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

安心してください、GM食品表示します~Campbell Soup社

宗谷 敏

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 2016年1月7日、米国Campbell Soup社(本社ニュージャージー州)は自社関連全製品にGM(遺伝子組換え)成分表示を自主的に実施し、連邦政府によるGM食品表示義務化を支持すると発表した。

 同社製品のおよそ3/4が、トウモロコシ、テンサイ、ダイズ、カノーラ、ワタのGM農産物由来成分を含み、表示の変更には12~18カ月を要するものと予想されている。具体的表示例として「Partially produced with genetic engineering. For more information about G.M.O. ingredients, visit WhatsinMyFood.com.」が示された。

 1869年創業のCampbell Soup社は、傘下にV8野菜ジュース、Pepperidge Farm、Goldfishクラッカー、Franco-American saucesなどの人気ブランド群を保有する巨大食品企業である。グループの年間総販売額は80億ドル、中核であるCampbellブランドのスープ部門だけで21億ドル、20億缶を販売し米国の液状スープ市場の60%を占め、年間1億の家庭で購入されている。日本でも、紅白の意匠のキャンベルスープ缶詰はポピュラーだ。

 この決定に至った背景や理由については、Campbell Soup社が同時発表したコメントに詳しい。

 強調されているのは、科学的証拠の圧倒的なウェイトが GMOs は安全であり、GM作物から生じる食品が栄養的に他の食品とは異なっていないことを示しており、GMOs やその安全性の科学に異議を唱えるつもりは毛頭無い、と同社は述べている。Campbell Soup社のこの姿勢は言行一致している。GM作物の嚆矢として1994年から一時的に販売されたGM日持ちトマト(「Flavr Savr」)の支持をいち早く決めたのは同社だった。

 Campbell Soup社などのナショナル・ブランドにとって、一番困るのは州毎に独自のGM食品表示が実施されることだ。各州が検討しているGM食品表示は、例えば表示対象から自州の特産品は除外するなど恣意的で不完全なアプローチも目立つ。州毎にラベルを作り替える手間とコスト(Campbell Soup社は全食品産業にとって信じられないほど高価だと説明している)は、食品メーカーにとっては致命的だ。

 連邦議会下院は、2015年7月に各州のGM食品表示を禁じるH.R.1599を可決したが、上院のその後の動きは鈍い。一方、2016年7月1日には、ヴァーモント州でGM食品表示が発効してしまうことが食品業界にとってパニックとなっている。同州は、FDAが規制するGM作物由来食品への表示を要求するが、USDAが管轄する(GM飼料で飼育された)肉や家禽は除外している。

 従って、ヴァーモント州のスーパーでは、Campbell Soup社製品のSpaghettiOのオリジナルタイプはGM食品表示されるが、SpaghettiO ミートボールは表示無しで隣り合って棚に並ぶ。これでは消費者が混乱を来すに違いないとCampbell Soup社は懸念した。

 ヴァーモント州は、Hillary Clinton と民主党大統領候補者指名を争い、議会ではGM義務表示法案を支持するBernie Sanders上院議員(民主党系無所属)の選出州で、GM義務表示法案成立に熱烈なロビー活動を展開しているアイスクリームメーカーのBen & Jerry’s社が存在するというかなり特殊なポジションにある。

 全米50州中面積45位、人口49位というマイナーなヴァーモント州だけなら、州内の製品販売を止めてしまのも食品企業にとって一つの選択肢だろうが、後続する州が出た場合対応しきれなくなるし、逆ボイコットはヴァーモント州の消費者に対してもフレンドリーではない。

 というような背景から、Campbell Soup社は今回の決断に及んだのだが、州毎のGM表示パッチワークをブロックするために連邦政府による全米統一のGM食品義務表示を求めたのは、思い切った選択だ。食品業界団体の総本山GMA(全米食品製造業者協会)は、あくまで表示義務化に反対で、2015年12月にはQRコードによる全米的任意食品表示「SmartLabel initiative」を提案した。しかし、この取り組みは、Bernie Sandersなど民主党の一部上院議員たちから、スマートフォンを持たない消費者に対する差別に当たると抗議を受けている。

 Campbell Soup社は、「SmartLabel initiative」も支持してきたが、業界挙げてのロビー活動を行っても議会が動かず解決策を提示できない今となっては、義務的表示という解決案を提案せざるを得ない潮時と結論した。橫一線の義務表示を支持したのは、任意表示に留めた場合には、実施しない企業がGM食品表示推進派からターゲットにされるのを抑止するためだと指摘する識者もいる。Campbell Soup社はGMAからは脱退しないが、表示義務化に反対する全ての運動からは身を引き、この点については200社以上のメンバー企業と袂を別った。

 GMA は、Campbell Soup社の措置に対し「個別の会員企業が、適切であるとみなすどのような方法であっても、彼らの顧客に伝えるべき企業の権利をリスペクトする」とコメントしている。おそらく賛否入り交じった反応があるであろうというCampbell Soup社の予想に反し、同社を批判する声は今のところ出ていない。一方、追従する企業も現れてはいない。

 「Consumer First(消費者優先)」が、Campbell Soup社の社是であり、透明性の標準を達成したいという意図は理解できる。また、使用しているGM成分を一切排除はしないという姿勢も見上げたものだ。この表示により、Campbell Soup社の売り上げが一時的に落ちたとしても、長期的には壊滅的ダメージになるとは考えにくい。

 もちろんCampbell Soup社は、十分な保険も掛けている。GM成分を避けたい消費者のために、non-GMOであるとUSDAのオーガニック認証済みの原料を用いたCampbell’s Organic soups、Campbell’s Organic soups for kids、Swanson Certified Organic Chicken and Vegetable brothなどの製品群をラインアップしている。消費者が最もナーヴァスな乳・幼児食品については、2013年5月にオーガニック・ベビーフード大手のPlum Organic社を買収している。

 もし、市場がGM表示後のCampbell Soup社製品に対し微風や無風であったなら、GMAなどの食品業界が抱くGM表示義務化は消費者から警告表示と誤解されて買い渋りを招くだろうという懸念は、幽霊の正体見たり、ということになるだろう。米国消費者のサイエンス・リテラシーのリトマス試験紙としても、この結果は注目される。

<参考記事>
1月7日 New York Times 「Campbell Labels Will Disclose G.M.O. Ingredients」

1月12日 Sustainable Brands 「Campbell Will Disclose GMOs on All Labels, Urges Feds to Make It Mandatory」

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい