科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

GMOsのリスクと利益に関する科学者たちのディベート~肯定派が圧勝

宗谷 敏

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 2014年12月3日夜、米国ニューヨーク市マンハッタンにあるカウフマンミュージックセンターにおいて、「健康安全性、環境影響と世界の食料安全保障を改善しうるかに関してGM(遺伝子組換え)食品のリスクと利益を討論する」オックスフォード式公開ディベートが開催された。1時間40分に及ぶ会議の全容は、FORA.tvにより全米に同時中継された。

 このディベートを主催したのは、個人的な資金で運営されるNPOのIntelligence Squared U.S. Debates(IQ2US)であり、その目的は「しばしばバイアスがかかった今日のメディア報道を糺すために、礼節を重んじ、論証的な分析による建設的な公開講演を行う」ことだという。

 当日の4人のパネリストは科学者に限定されており、肯定側と否定側のチームに2名ずつ別れて陳述(各7分程度)と討論を行う。会場を埋めた約450名の聴衆(オーディエンス)は、途中で傍聴席からの質問も許されており、どちらのチームを支持するのかを最初と最後に2回電子投票する。つまり、聴衆は「2度考える」(Think Twice)。 そして、2回目により多数票を獲得したチームが、このディベートの勝者となる。会場参加者とは別に、テレビ視聴者も同じく電子投票ができる。

 司会者に相当するモデレーターを務めたのはABCニュースJohn Donvan記者だが、ビデオを見るとたいへん見事な捌きを披露している。

<4人の科学者たちによる陳述(立論)>

 最初のスピーカーは肯定側から、Monsanto社筆頭副社長兼最高技術責任者(CTO)Robert Fraley博士

 簡単にGM技術や歴史を紹介したあと、「収量を改善し、不耕起栽培を増やすGMOsがなければ、より広い耕地面積が必要となり環境破壊も進み、化学農薬の使用量も増える。GMOsへの反対は、温室効果ガスを増やすため気候変動を促進するし、食料価格の上昇も招く。」と主張し、討論の間に「本当に利益が無ければGMOsを栽培する農家はいない。この技術と結び付けられる食品や飼料の安全に関する問題は認められていない」ともコメントした。

 2番目のスピーカーは否定側から、元・憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists)シニア・サイエンティスト、現・食品安全センター(Center for Food Safety)コンサルタントのMargaret Mellon 博士

 彼女の立場は、収量を増やし世界を養うためにGMOsは不可欠かどうかに疑問を差し挟むものだった。干ばつ抵抗性GM作物は市場に一つしかなく、環境と食料安全保障を改善するというバイオテク産業による初期の約束と比べれば、まったくの期待外れだ。GMOsは収量を増やさないし、害虫コントロールでは一応成功しているものの、除草剤耐性GMは耐性雑草を発生させるサイクルを早め、除草剤の使用量を増やした。「遺伝子工学ができないことを明確にすべきです。もっとパワフルな他の技術だってあります」。また、GMOsの安全性は個別に調べられるべきで、安全だとする総括的な主張は正当ではない、などと主張した。

 3番目のスピーカーは肯定側のゲノミクスとバイオテクノロジーの研究者、カリフォルニア大学ディヴィス校(University of California at Davis)のAlison Van Eenennaam博士

 彼女は、どちらかと言えば植物よりGMサケなどの動物が得意分野であるのだが、多くの途上国を含め世界的規模で1千8百万人以上の農民によって採用されているGMOs が安全であり、有益であることを示す数々の研究について、歯切れ良く語った。例えば、GMOs の農業における利用は化学農薬の使用量を37%削減し、収穫量を22%増やしたという最近のドイツのメタ分析

 最後のスピーカーは否定側で、ワシントン州立大学持続的農業と天然資源センター(Center for Sustaining Agriculture and Natural Resources)Charles Benbrook研究教授 。

 GMOs の約束や望みを査定するより、今現在のGM農業の現実について考えるよう聴衆に促す。彼は、20年の安全性研究が間違っており科学技術の発達で覆されるかもかもしれないと仄めかしはしたものの、GM食品に起因した有害な健康影響には現在のところ証拠がないことを基本的に認める。一方で、環境影響に関しては除草剤(グリホサート)の過剰使用により耐性雑草が台頭し、悪影響があったと論難した。

<4人の立論に続く討論とQ&A>

 討論では、主に現在のGM安全性評価の設計と正当性、GM作物の経済的影響(輸入国による拒否)などがポイントとなった。

 否定側2人から提起された耐性雑草の発生問題に対し、Fraley は2050年までに95億人を食べさせることを助けるために、耐性雑草が現れているというだけの理由でこの技術を捨て去ることはバカげていると反論した。「ある抗生物質に対する耐性菌が出たという理由だけで、製薬会社は新しい抗生物質の開発を中止すべきですか?」。

 短期(今まで)は健康問題に直接関連する GMOs がなかったことを否定側も認めたが、「長期の影響」に関してはコンセンサスがないと強く主張した。これに対しFraley は、製品はリリースされるまでに何年間もテストされると指摘する。Eenennaam も、20年以上にわたりこの技術に起因したと証明された健康危害がないと繰り返し、世界で栄養失調のために毎日2万人が亡くなっており、GMOs でそれを救えるという重要なポイントを反対者は見落としていると反撃に出る。「いつか人々に関係するかもしれないリスクと、人々を死なせているリスクとは完全に異なります」。

 Science showのホストとして全米で有名な「the Science Guy」ことBill Nyeを会場の聴衆の中に認めたDonvan(モデレーター)は、彼にも見解を求めた(GM技術はもっと多くの時間と研究を経ないと正当化されないと主張するNye は、好戦的GM推進派から最近かなり評判が悪い)。Nyeは、自説を擁護するために、多くの人々が生態系への潜在的な悪影響を懸念していると暗示しようと会場から試みる。

 従って、Nyeは「GM作物が広いスケールにおける影響を見るのに十分長い期間にわたる研究がされていない」という自説を述べる。さらに、GM種子の生態系規模の影響をちゃんとテストするために必要とされる時間について、肯定派パネリストに質問する。この科学的には殆ど無意味な問いかけに対するFraleyからの「5年もやれば十分でしょ」という回答について全く納得しなかったNyeだが、ディベート全体については「The GMO people were much better spoken.」と評価せざるを得なかった。

 Mellonが、「輸出相手先国(中国)の拒否により、Cargill社やADM社のような大手穀物トレーダーがバイテク企業を告訴し、莫大な補償金を求めている」と、GMの経済性に係わる指摘を繰り出した。Fraley はGMOs の全体利益と比較すればそれらはささいな金額であり、この問題は主として政治的なものだと斬って捨てる。

 化学農薬が減ったという肯定側の主張に対し、否定側は殺虫剤使用量の減少は、除草剤使用量の増加によって相殺されると反論した。

<そして、聴衆による判定は?>

 最後に、会場の聴衆による判定が、モデレーターから発表された。ディベート開始前は、GMOsに対し肯定32%、否定30%、未決38%だったのが、討論後には肯定60%、否定31%、未決9%に変化し、このディベートにおいては肯定側が圧勝したことが明らかになった。

 聴衆の半分は開始前と視聴後に同じ意見に投票した。投票を変えた半数の大部分は、未決から肯定に動いたものだった。肯定または否定に最初に投票した15%が心を変え、それは全体の12%に相当するが、大部分は否定から肯定(9%)と未決(3%)に移動した。詳細な動きについては、グラフィックを参照

 一方、会場外のテレビ中継視聴者たちによるオンライン投票の結果は、肯定51%、否定49%と拮抗した。但し、この投票については人為的な操作が可能(後述)なため、会場投票に比べればあまり参考にならない。

<イデオロギーのみに基づくGM反対論者たちの危機感と狼狽>

 日頃から声高にGMOsのリスク(特に健康危害)を煽り立ててきたイデオロギーベースのGM反対派は、この科学者同士のディベートについてたいへんな危機感を抱いたようだ。

 もっとも焦ったのは、超越瞑想や空中浮遊術を推奨するヒンズー・カルトベースのGM食品検査会社のステルス・セールスマンであるJeffrey Smithだ。

 Smithは、自ら主催する責任ある技術研究所(Institute for Responsible Technology)のフォロワー(信者たち?)に会報を送り、最初に肯定に投票しておいて、2回目に否定に投票を変える「戦略」を伝授して、投票結果を歪めようと恥ずべき行動に出たという。

 Smithにしてみれば、怪しげなGM健康危害説を世界から集めてきて築きあげた「神話の殿堂」や、不勉強なメディアから「GMリスク研究の第一人者」(もちろん似非なのだが)と祭り上げられた地位が、音を立てて崩壊してしまうのだから自己保身に必死になったのはムリもないが。

 さらにディベートの勝敗が決した直後に、感情的GM反対派は自陣営を代表したハズのMellonとBenbrookを裏切り者の戦犯として誹謗中傷し、信用を失墜させようとする驚くべき非常手段に訴える

 最も反科学的なNGOに分類されるGMO Free USAが、「MellonとBenbrookはMonsanto社によって買収されていた」と仄めかすインフォグラフィックをFacebookでバラ撒いたのだ。しかも、このグラフィックは、Greenpeace Internationalのトップページそのものであった。Greenpeace InternationalのFacebook管理者は、このインフォグラフィックは偽造されたものだと直ちに声明を出したが、真犯人は現在のところ不明のまま。SmithやGMO Free USAなど追い込まれた一部の反科学的、観念的GM反対論者たちの悪あがきは、あまりにも醜悪で不気味ですらある。

 イデオロギー反対派と推進派科学者の議論が今まで噛み合わなかったのは、反対派から申立される数多の仮想リスクに対して、エビデンスベースの科学が殆ど無力だったからだ。このディベートが有意義だったのは、たとえ意に添わない説であっても、証拠があるなら先ずそれは認めようという科学者同士の論戦のプロトコルが守られていたことだ(もちろん科学ムラにもいろいろな方がいるのは、海外も我が国も同じではあるのだが)。反対派全般から見れば、「悪の帝国」Monsanto社の「Darth Vader卿」であるFraleyさえ、立派に科学者の貌を垣間見せている。

 冒頭指摘した通り、モデレーターのDonvanが素晴らしかった。もちろんテレビ生中継も意識したろうが、陳述部分では無慈悲なほどに「あなたの持ち時間はもう終わりです」を繰り返し、4人のスピーカーも気持ち良くそれに従っていた。討論とQ&A部分では、話が神学論争に流れそうになると素早くその芽を摘み取って、科学路線に軌道修正した。

 筆者は、IQ2USの目的中にある「礼節を重んじ」に最初多少の違和感を覚えたが、ディベートを見た後では腑に落ちた。また、学童・学生時代からキチンとディベートに関する教育を受けている欧米社会にも改めて瞠目させられた(日本でもディベート教育の重要性が、最近認識されているのは喜ばしい)。そして、会場を埋め尽くした聴衆の、時々映された真剣な表情も印象に残った。

 デマもどきを拡散するソーシャルメディアや、イデオロギー的反対を飽かずに繰り返すアクティヴィストたちと、専門的な科学者たちの論点の深度と応酬の埋めようもない落差をはしなくも曝露したこのディベートは、GM論争における一つの進化であることには間違いない。

 しかしながら、勝ったからと言って、推進派はあまり調子に乗って暴走すべきではない。会場で票決されたのは、あくまで一つのディベートにおける優劣に過ぎず、GMに対する賛否そのものではないかもしれないことに十分注意を払うべきだろう。例えば、「自分は基本GMには反対の立場だけど、今夜に限っては負けちゃったよね」という一部肯定票があってもおかしくはないからである。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい