科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

科学を捨て政治的イデオロギーに舵を切ったEU

宗谷 敏

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 2014年11月1日の欧州委員会(行政機関)交替に伴い、しばらく静かだったEUとヨーロッパにおいてGMOs(遺伝子組換え生物)を巡る動きが活発化してきた。特にEUでは、科学的根拠に基づく証拠ベースの政策決定という従来の方針の一つが衰退し、拮抗する政治的イデオロギーにより地歩を移すという流れが勢いを増したように感じられる。今回は、これらの状況を俯瞰する。

<GM栽培可否は加盟国個々の判断に>

 11月11日、欧州議会環境委員会の第二読会は、個々の加盟国が環境を理由にEUレベルで認可されたGM作物の栽培を制限あるいは禁止することを許す改正案を賛成53票、反対11票、棄権2票で支持した。

 この指令(directive)2001/18/EC(GMOsの環境中への放出に関する指令)を改正する流れは、6月12日のEU環境閣僚理事会合意で規定方針となったから、法改正のための政治手続き上の問題であり目新しい事態という訳ではない。

 しかしながら、議会はGM開発企業との交渉の段階で閣僚理事会が支持した部分を削除したという。新しいテキストを見ないと詳細は不明だが、加盟国の権限をより強め、開発企業による影響力や訴訟機会を弱体化もしくは排除したと推測される。

 もう一つ鍵となる決定は、制限や禁止の理由に社会経済学的影響が認められたことだ。従来は、EFSA(欧州食品安全機関)による安全性査定に基づくGM作物栽培承認を科学的証拠によって覆さなければならないという非常に高いハードルが設けられており、EU承認済みのMon810を国内栽培禁止とした加盟国は、欧州裁判所などの司法判断によりブロックされるのが常だった。

 これは、ある意味科学の敗退と捉えることも可能だが、影響は域内栽培に留まる。輸入承認迅速化とのトレードオフが成功するなら、妥協の意味はあるだろう。欧州委員会が、GM作物8品種(トウモロコシMON 87460とT25、ナタネ GT 73、ダイズ305423系統、 MON 87708、MON 87705及びBPS-CV127、ワタT304-40系統)の認可(更新含む)手続きを速やかに完了しないと貿易上の混乱が懸念されており、新欧州委員会のハンドリングが注目されている。

 さらに、もう少し大きく引いた構図で眺めると、この決定は域内統一政策というEUの基本理念に例外を認めたことになる。この視点から考えると、単にGMや農業という限定された分野に留まらず、英国の離脱懸念などで揺らいでいるEU自体の存続意義という大きなテーマも浮かんでくるだろう。

<首席科学顧問(CAS)の解雇とポスト撤廃>

 EUの政策面における科学の退潮をより鮮明に印象付けたのは、11月13日のJean-Claude Juncker新欧州委員会委員長(ルクセンブルグ)によるEU首席科学顧問(EU Chief Scientific Adviser :CSA)Anne Glover教授(英国)の解雇とCASポストの撤廃だ。

 2011年12月、Jose Manuel Barroso前委員長(ポルトガル)により初のCAS職に迎えられた分子生物学を専門とするGlover教授は、GM作物に対する反対を「ある種の狂気」として批判するなど、歯に衣着せぬ発言で存在感を示してきた。

 7月22日、Greenpeaceなどの環境保護NGOsはJuncker新委員長に、CAS職を撤廃するよう要請する意見書出状する。
 これに対し7月25日には、20以上の科学組織がこのNGOsからの要請を無視するよう求めた。

 Juncker新委員長の決定は、Greenpeaceなどの要求に全面的に添ったもので、これは科学的証拠ベースの政策立案からの後退であり、「使者(Glover教授)を殺した」と科学界は憤慨する。「EUが直面している大きな問題の多く-気候変動、食品安全管理、健康的な老化(healthy ageing)、疾病コントロールなど-は高いレベルで政策に科学的なインプットを必要とするのに、これはあまりに近視眼的だ」などとする科学者たちからの抗議は、英国のScience Media Centreに纏められている。

 また、「科学的アドバイスは証拠ベースの政策立案の要だが、CAS職はむしろこのプロセスを妨げた」と、したり顔のGreenpeaceに対しては、Mark Lynasが、「Greenpeaceさん、嬉しいですか?」とブログで皮肉っている。

 この決定の帰結的意味については、Herald Scotland紙が上手く分析している。

 最初は、「もし科学アドバイザーが政治的雇い主の絶対的命令に従わないなら、失職することを示唆するように思われ、それは適切なアプローチではない。嫌いな意見を出すアドバイザーを追放することは、政治的イデオロギーが科学証拠より重要であることを示唆している」。

 次に、「アドバイザー職の終わりはGM作物についての討論を停止することになる。(英国の)公衆による反対は明確ではあるが、これは科学証拠とGMの潜在的な利益と慎重にバランスされるべきであり、科学的意見は軽々に却下されるべきではない」。

<英国などのオーガニック業界による反GMキャンペーン>

 上記事象を簡単に対立構図化してしまえば、英国+科学者と農業グループvs.新欧州委員会+フランス+環境NGOsということになるだろう。かくも英国政府はGM採用に前のめりである訳だが、もう一つの有力な反GMグループであるオーガニック推進派が、11月11日にDavid Cameron英国首相官邸にデモをかけた

 英米からの10名の代表者は、米国ハリウッド女優のSusan SarandonとDaryl HannahやRobert Kennedy Jr.などを含む5,700万人が署名した公開書状をダウニング街に届けた。書状は、英国の公衆に対し、「フランケン食品」の実験に引き込まれないよう警告する内容だ。

 このデモは、むしろ終了後の記者会見における代表者の一人、英国の著名ファッションデザイナーVivienne Westwood女史(73歳)の発言により、メディアの関心を集めた。BBCの女性記者からの「オーガニック食品を買う余裕がない人はどうすればいいのですか?」という質問に対し、大富豪のファッションデザイナーは「食べるの減らせばいいのよ(『they should eat less』)、(ベジタリアンの)私は肉を食べません」と回答したという。

 BBC記者の追い討ちと、こういう場合お約束のWestwood女史による弁明はこちら

<ロシアのNGOが史上最大のGM作物Rat Studyを計画>

 11月11日のダウニング街デモに合わせて、ロシアのRussian national association for genetic safety (NAGS) は、ロンドンにおいて記者発表を行った。

 その内容は、来年から2~3年をかけてロシアと西ヨーロッパにおいてラット6,000匹を対象としたMonsanto社のGMトウモロコシと除草剤「ラウンドアップ」の摂食試験を実施するというものだ。2,500万ドルかかるという費用のスポンサーは明らかにされていない。

 GM作物の動物健康危害問題に結着をつけるいい機会ではあるハズだが、実施するNAGSにはちょっと問題があると言わざるをえない。NAGSは、名称から想像される公的組織ではなく、NGOに過ぎない。

 そして、科学界から大顰蹙をかったロシア科学アカデミー高次機能・神経行動学研究所所属(当時)のIrina Ermakova博士によるGMダイズRat Studyが、2005年10月に初めて発表されたのはNAGSの総会である。Ermakova博士は、現在NAGSの副会長職に収まっている。

 NAGSの背景を見ると、残念乍ら正確でフェアな実験が実施されるとは思えなくなる。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい