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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

オーストラリア有機農家が完敗~GMカノーラ越境裁判の判決

宗谷 敏

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 2010年11月、西オーストラリア州でGM(遺伝子組換え)カノーラ農家から、収穫時切り倒して乾燥(スワッシング)させていたGMカノーラ(のサヤ)が、風に運ばれて隣接する有機農家の圃場に落ちた。その結果、有機農家が生産物の有機認証を失格し、損害を蒙ったとする裁判(Marsh vs. Baxter)の判決が2014年5月28日に出され、有機農家の告訴は全面的に却下された。

 裁判に至ったこの事件の発端については、2011年5月30日にFoocomにかなり詳しく書いたので、先ずそちらから読んでいただきたい。当時、GMカノーラが有機栽培カノーラと交雑した事件という誤解があった(いまだにそう書いてある専門的なネット情報もあるし、今後も交雑問題として誤認される可能性がある)が、Marsh氏は昔も今もカノーラを栽培してはいない。ここは、この事件と判決を読み解く上で、キチンと理解しておくべき最大のポイントである。

 結局、1年4カ月後にMarsh氏は法廷闘争に踏み切り、2012年4月3日、西オーストラリア州最高裁判所(Supreme Court of Western Australia)に竹馬の友だったBaxter氏を告訴する。Marsh氏が求めたのは、所有農地(名称「Eagle Rest」)の約70%に相当する478haが、2010年12月29日に2013年11月までNational Association for Sustainable Agriculture (NASAA)により有機認証を取り消され、生産物を有機農産物として販売する権利を失った。この結果蒙った85万(豪州)ドル(約805万円)の(1)損害賠償と、(2)Baxter氏によるGMカノーラ作付けに対する恒久的禁止命令であった。さすがに無茶な後者は、両家境界地に設ける緩衝地帯(1.1kmから2.5km以内)という条件闘争を含む。

 Marsh氏の代理人はSlater and Gordon法律事務所、Safe Food Foundation & Instituteが基金募集(約75万ドルを集金)などで協力し、一方Baxter氏の弁護にはBradley Bayly法律事務所が当たり、WA Pastoralists and Graziers Association(PGA)が裁判費用面で支持し、GMカノーラ種子(「Roundup Ready Canola」)開発販売者であるMonsanto社も当初協力を表明していた。後に法律上のアドバイスを受けたMarsh氏は、Monsanto社を告訴の対象にしないと決めた。

 この裁判が「Landmark court case」として、オーストラリアのみならず世界から注目を集めた理由は、先ず、GM栽培農家には近隣の有機栽培農家の有機農作物に対する間接・直接的なコンタミを避けるべき(法規制を超えた)注意義務があるのかという点だ。次に、オーストラリアの現行GM栽培規制や、GM混入をゼロレベルとしている同国の有機認証基準についての妥当性などだろう。

 2014年2月10日から28日まで11回に及んだ公判(裁判所は、本件への高い注目度に鑑み全ての書面をオンラインで同時公開するという異例の措置を採る)を経た、Kenneth James Martin判事による判決文は150ページにも及ぶ長文だが、メディアなど向けに要約文がある。

 この要約では、原告Marsh氏(夫妻)が損害賠償と恒久的禁止命令を主張していることを述べてから、事件を検証している。新しい情報としては、5mの法的緩衝地帯に加え、両家の間は約20m幅の道路が存在していたことや、Marsh氏の圃場で発見されたGMカノーラ(植物体)は最終的に245本あったことなどである。また、被告Baxter氏の(GM)カノーラ栽培が慣行プロセスに従い、全く異常な行為はなかったことや合法的GMカノーラ栽培の農家へのメリットなどもさり気なく述べられている。
 Marsh家の主張の根拠をなすのは、(1)コモン・ロー(慣習や判例に基づく不文法という意味だが、日本には存在しない法律概念なので理解しにくい)の過失(すなわち、果たすべきだった合理的管理義務に対する違反)と(2)私的な不法妨害行為であると整理された。
 以下、要約文を抄訳する。

 重要なことは、Marsh家がBaxter氏に対して主張したのが金銭的損害のみであり、自身や動物(家畜)、土地(環境)に対するいかなる損傷も主張されてはおらず、両サイドが公判で示した証拠によれば、GMカノーラはたとえ消費されたとしても、ヒトや動物の健康あるいは土地に無害であったということだった。

 GM カノーラ種子が提示する唯一のリスクは、GMカノーラ種子が後にボランティア植物として発芽・成育し、(例えば、非GMカノーラ品種のような)共存できる種と花粉を通して交雑することによるGM遺伝子転送のリスクだけである。

 Marsh家は、(交雑リスクのある)カノーラを栽培してはおらず、2011年になって8つのGMカノーラがボランティア植物として発見されたが引き抜かれており、翌年以後は成育していない。

 しかしながら、Marsh家は2010年12月29日からNCO(有機査定を行うNASAAの子会社)によって圃場の70%が有機認可を取り消され、2011年12月から2013年10月まで「NASAA認証有機」ラベルを貼る権利を拒否された。この決定は、NASAA/NCO とMarsh家との個人的契約に従ったものである。

 NCO の担当官が、風が運び圃場に四散したRRカノーラ種子は「コンタミネーション」の「受け入れ難い危険」となったという査定理由によって、「NASAA認証有機」を圃場に適用する契約の権利を与えることを拒否した。この結果は、その時 GMOsに関して NASAA 有機生産者(Marsh家)に適用できる NASAA 標準を管理することについての誤った適用によって引き起こされた。

 従って、判事はコモン・ロー過失と私的な不法妨害行為というMarsh家の訴訟理由の両方を却下する。

 私的な不法妨害行為については、多くの考慮をバランスさせてBaxter氏の誠実さを査定した結果、Marshe氏の「Eagle Rest」の使用と享受に対するBaxter氏によるいかなる不当な干渉も示されなかった。

 Baxter氏の誠実さに関しては、2010年にRRカノーラを栽培する彼の決定より、むしろ収穫時のスワッシング・プロセスの決定が焦点になった。Baxter氏は、合法的に栽培を行い、地元の農耕学者Robinson氏のアドバイスに従い、オーソドックスで十分に受け入れられた収穫方法論を使って最終収穫前にスワッシングを行った。

 収穫期の終わりに吹いた風が、スワッシングされている収穫物を「Eagle Rest」へ吹き飛ばしたのはBaxter氏が意図した結果ではないし、たとえそうであったとしても、結果的に「Eagle Rest」は物理的損害を一切受けていない。

 Baxter氏は、広い面積を持つ農民として合法的にGM作物を栽培し、そのインプリメンテーションで完全にオーソドックスであった収穫方法(スワッシング)の採用を決めたことに対する責任があるとは考えられない。同様にBaxter氏は、発生したことへの不当な反応であったことを示す状況において、Marshe家への有機認可組織、NCOによる侵害による反応に関しても、法律上、責任がない。

 Baxter氏の誠実さは、コモン・ロー過失と同じくMarshe家の訴訟理由を拒絶した。

 従って、Marshe家の訴訟理由の両方が失敗した。

 Marshe家の、Baxter氏にGMカノーラ作付けを禁じる恒久的禁止命令の主張については、Marshe家自身の権利において失敗している。Marshe家の禁止命令を公式化しようとするポジションは、適切な緩衝(バッファ)距離を探して2kmから1kmまで告訴後もかなり揺れ動いており、公判の終わりまでにGMカノーラ栽培禁止命令は放棄された。

 緩衝距離についても同様で、その代わり緩衝距離を定めず東境界部分だけでBaxter氏のGMカノーラのスワッシングを禁止する恒久的禁止命令にまで後退した。同一であると確認できる線状の緩衝距離を正当化するための説得力があり、信頼できる証拠となるプラットホームの欠如は、Marshe家自身の権利の重要な欠陥だった。

 従って、Baxter氏に対するMarshe家の提訴は完全に失敗した。(判決文要約の抄訳おわり)

 あるメディアは、この判決を「ソロモンの叡智」(神から知恵を授けられたソロモン王が、一人の子供の所有を争う二人の女たちに、子供を二つに切り分けて両名に与えよと告げ、これを拒否して相手の女性に与えて欲しいと言った女性に子供を与える裁定を下した西洋版大岡裁き)だと讃えた。しかし、Marsh氏、というよりバックの有機セクターにとっては、到底納得のいく裁定ではないだろう。Marsh氏は、連邦所管のオーストラリア高等裁判所(High Court of Australia)への控訴も可能(弁護士はやる気満々らしい)だが、州最高裁判決150ページを精読してから考えたいとコメントしている。

 Safe Food Foundation & InstituteがMarsh氏支援に募った75万ドルを、裁判費用とはせずにMarsh氏にそっくり寄付すれば、訴訟理由の損害85万ドルの殆どを補填できたのは皮肉だ。州最高裁が暗に批判したNASAA/NCOを、Marsh家が今後改めて告訴するという展開が面白いが、おそらくそうはならないだろう。

 この判決に関する様々なコメントがメディアでは飛び交っているが、脊椎反射的な論説も多く、共存管理や有機認証などに関する建設的な意見が醸成されるまでには少し時間がかかりそうだ。

参考データ:西オーストラリア州のGMカノーラ栽培農家は2010年317人、2011年325人、2012年350人、2013年406人(全カノーラ面積の17%)。
Monsanto社による西オーストラリア州の2014年GMカノーラ種子販売量は対前年比40%増の58.65トン。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい