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「クチナシ」のお話 柏田雄三(昆虫芸術研究家)

クチナシは初夏の6~7月に咲く白い花から甘い香りを漂わせるアカネ科クチナシ属の高さ1~3mほどの低木で、同じくアカネ科の植物のコーヒーとは、親戚筋にあたります。早春に咲くジンチョウゲ、秋に咲くキンモクセイを加えて三大芳香樹または三大香木と呼ばれます。

秋が深まると、クチナシは別の楽しみを与えてくれます。萼(がく)の名残である6本の突起を持った実がだんだんと橙(だいだい)色に色づいて、なかなか美しいのです。クチナシは、属名からガーデニアとも呼ばれ、品種改良された園芸種もありますが、一重の花が咲くクチナシにしかこの実はなかなかできません。

クチナシを漢字では「山梔子」や「梔子」と書きます。「梔」と言う文字は人がそこで、かがんだ姿を表すことから、丸くてうずくまったような形の酒壺、即ち口が小さく楕円形をした徳利のことを指すそうです。

この実は、食べものを黄色く着色するための材料として栗きんとんのほか、たくあんにも利用されています。

仕事や家事が忙しいことから、最近は自宅で作らないケースも多いようですが、お節料理はとても美しく、歴史を感じさせるものです。その中の一つが「栗きんとん」です。お節料理には縁起が良いとされる献立が選ばれ、きんとんは、まるで小判のように金色に輝く姿なので縁起がよいとされています。そのきんとんの黄色い色付けに使われるのがクチナシの実で、お正月前には食品スーパーなどの売り場によく並んでいます。

クチナシは、大分県臼杵名物の「黄飯(おうはん)」や、静岡県藤枝名物の「染飯(そめいい)」などの郷土料理にも昔から使われています。「黄飯」とは黄色く染めたご飯、「染飯」とは経木に包んだおにぎりだそうです。江戸時代に書かれた弥次さん喜多さんの物語である十返舎一九著の『東海道中膝栗毛』にはこの食べ物のことが出てきて、藤枝の先の瀬戸という建場は染飯が名物であると書かれているのです。建場(たてば)とは、街道の宿場と宿場の間で人夫が杖を立てて休息したところを指します。「やきものの名にあふせとの名物はさてこそ米もそめつけにして」の狂歌も披露されています。岩波文庫の注釈には染飯を、「強飯をクチナシで山吹色に染めて薄く小判型に薄く乾かしたもの」とあります。染飯は藤枝市、黄飯は臼杵市で今でも郷土の味として、販売されているようです。

また生薬のことを調べると、クチナシの実の効能として、消炎、止血、鎮静、利尿作用があることが書かれていました。

さらに、布の染料としても使われていて、吉岡幸雄著の『日本の色を歩く』(平凡社新書 2007)には、大和三山の一つである奈良県橿原市の耳成山(みみなしやま)は、山中にクチナシの木が茂っていたことから、ときに「梔子山」と呼ばれていたことや、染料に使われていたことを示すものとして、古今和歌集に収められた和歌の「耳成の山のくちなし得てしがな思ひの色の下染めにせむ」が紹介されています。

ご存じの方もおられるでしょうが、クチナシの実の形に関連した話題があります。本格的な碁盤や将棋盤の脚はとても不思議な形をしていますが、クチナシの実に由来しているそうです。

クチナシの実が熟しても開裂しない、つまり口が開かないことにから、横で対局を観戦している人が余計な口出しをすることを戒める「口無し」に通じているのです。さらに、裏には四角いくぼみがあります。もともとは乾燥による歪みや割れを防いだり、石や駒を打ち込む音が響きやすくしたりするためのものようですが、別のいわれもあります。このくぼみは「血溜まり」とも呼ばれ、横から口を出す人の首をちょん切って、流れ出る血を受けるためから発したといわれる何とも物騒な呼び名なのです。将棋や囲碁では、いかに横から口出しをする人が多いかを物語っています。

クチナシは人家の庭先や公園にも良く植えられ、道行く人を楽しませてくれます。クチナシの葉を食べる害虫と言えば、なんといってもオオスカシバです。成虫の翅が透明なので、ハチの仲間だと間違える人がいますが、スズメガ科のガの一種です。

成虫になった直後には翅にある鱗粉が、身震いをするとすぐに落ちてしまうそうで、私は鱗粉のある状態をまだ見たことがありません。昼間に空中をホバリングしながら、くるくると巻かれていた口吻を伸ばして次から次に花の蜜を吸っているところをよく目にします。多くのスズメガが茶色っぽいのに対し、胴が緑色で、もこもこした姿をしています。
幼虫は新葉をむさぼり食べる大きなイモムシで、尻に尾角と呼ばれる剣のような突起を一本持っています。多発生してあっという間にクチナシを丸坊主にすることがあります。イモムシの嫌いな人は大声を上げるでしょうが、若い女性にはスズメガが好きな人が少なくないと耳にしたことがあります。スズメガが好きな人は別にして、見つけたら早めに退治するのがよいでしょう。

葉っぱを加害するのがオオスカシバですが、実に孔をあける虫もいます、奄美大島や沖縄など南西諸島で発生するイワカワシジミと言う名前のチョウの一種です。きれいな蝶ですが、クチナシの実を利用しようとする人には害虫ということになります。

クチナシはいろいろな側面を持っていますが、お節料理での輝きの通り、良い年になってほしいものだと願わずにはいられません。

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