あずさの個別化栄養学
食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい
食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい
食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長
日本には主食としての「米」があって、それに地域の風土のなかから生み出されたさまざまな食材がある。そこに住む人や料理の達人が技を注ぎ込んで、すばらしい食文化が育まれてきた。その日本食が無形文化遺産に登録されてからというもの、クールジャパン戦略においても「和食」がポイントとなっている。日本人の繊細な感性が和食には凝縮され、食べておいしいことはもちろん、見た目も美しく、しかもそれぞれの地域風土に根ざした食文化が表現されていることが評価された。日本人は素材を上手く使う。油や濃厚な調味料を使わずとも、シンプルな料理で素材の生命力までもいただく。農の力が食卓まで生かされるのが和食である。
その「和食に牛乳が合わない」として、新潟県の三条市が学校給食で牛乳提供を中止、京都市が中止を検討することを発表した。こども達の発育において大切な時期に提供される学校給食において、栄養価の高い牛乳が中止されていいものか。
学校給食法と牛乳
そもそも一般庶民が牛乳を手軽に飲めるようになったのは戦後のことだ。その際に、砂糖、小麦粉と一緒に脱脂粉乳がやってきた。戦後まもなく「米」が不足し、東京で「米」の代わりにとアメリカから、こともあろにうに「砂糖」が配給されそうになったのだ。強行しようとしたGHQに、当時厚生省にいた近藤とし子が「米は日本人の主食。砂糖は調味料だから主食にならない」と直訴しに行き、「お腹に入れば同じ4kcalではないか」というミス•オダネルに猛烈に抗議した。その結果、日本人に合わせた食品群をつくることになり、栄養三色運動につながった。牛乳•乳製品は、「血や肉になる 赤の食品」として右下にある。
であるから、学校給食と牛乳の関係は戦後の米軍の支援物資(ララ物資)にまで遡る。
ドラム缶入りの粉乳が飢えて栄養失調だった子供たちに役立った面は大きく、その後、生乳が提供できるようになり、昭和29年に制定された学校給食法施行規則第1条には「完全給食とは給食内容がパン又は米飯(これらに準ずる小麦粉食品、米加工食品、その他の食品を含む)。ミルク及びおかずである給食をいう」とさだめられた。
さらに、「第1項各号に揚げる事項を変更しようとするときは、当該変更が軽微なものである場合をのぞき、変更の事由及び時期を記載した書類を添えて、その旨と都道府県の教育委員会に届け出なければならない」と定められている。牛乳を止めるという今回の件はとても軽微な変更とは思えないのだが、このことについて三条市に問い合わせたところ、県の教育委員会には届出をしてないそうだ。8年ほど前から今までに数件「和食の献立に牛乳が合わないのではないか」とのコメントが保護者から寄せられていたそうで、市としても「和食には牛乳が合わない」という判断から今回の件に踏み込んだ。市が市民に事前に説明した際には、牛乳中止についての反論はなく、「おかずが増える分、塩分過剰の献立にならないように配慮を」という意見があったくらいだったという。
三条市、牛乳の代わりに増やす「ごはんとおかず」
三条市食育推進室田村直氏を取材してみると、三条市では平成20年から100%米飯給食を実施しているとのことだ。焼き魚の日には牛乳が合わないというのだが、豚肉の生姜焼きやカレーライス、鯵の唐揚げなどではどうだろうか。一律に和食と牛乳が合わないという話が私には古い感覚に思えるのだ。牛乳やチーズの栄養価は高い。私の親はこども時代に脱脂粉乳を飲んだ世代であり、現在のこどもは学校給食で牛乳を飲み始めて3世代目にあたる。そのせいか、私は「和洋折衷料理が現代日本人の食である」という感覚をもっているからかも知れない。
今回の取材で、三条市は牛乳を止める代わりとして、「ご飯の量を増やす」「おかずの量を増やす」「乳製品のデザートをつける日をつくる」という対応策を考えている。デザート、例えばアイスクリームや牛乳プリンは食事につく牛乳とは切り離して考えているようだ。牛乳を中止する理由として、市は「ごはんとおかずを増やす献立にすることで、米や農産物の消費拡大につながる」ということも挙げている。農業政策には合致しているのであろうが、こどもの栄養状態は大丈夫であろうか?三条市内でこの献立で栄養管理を実施した実績はまだないが、献立は注意深く検討されているようだ。カルシウムに関しては、小魚を摂ることで補給するという考えだ。
学校給食の価格
田村氏によれば牛乳中止の理由はもうひとつ。今年の4月に消費税が上がったことに対し、給食費を押さえるために牛乳をやめるというのだ。平成25年度の学校給食の牛乳供給価格はビンと紙パックの牛乳でほとんど差がない。給食用は新潟で牛乳1本200mlあたり46.35円、東京で45.78円、京都は45.63円、北海道は39.01円となっている。北海道は酪農が盛んなために安いが、他の地域はほとんどが45円前後である。これは市販価格にくらべると大幅に安いが、その分は補助金で補てんされている。牛乳1円あたりの栄養価と代替え食材1円あたりの栄養価を比較してみる必要がある。もっとも補助金が同じようにつけば豆乳やヒジキなどの業界が潤う効果はあろう。今回の件は、育ち盛りのこども達に必要な栄養素をどうやって与えるかという観点から考えねばならない。日本栄養士会が4月24日に「学校給食での牛乳の提供を中止する試みについて」という所見を発表した。多くの人にぜひ読んでいただきたい。
学校給食は「食育」の生きた教材である。「いただきます」ということばには、その食事がどうしてできたのかを考え、食事が調うまでの多くの人々の働きに感謝する意味が含まれる。学校給食で牛乳を中止する場合においても、学校給食において牛乳の果たしてきた役割、いきさつを忘れてはならない。そもそも子牛の為の乳の生命力をもいただく牛乳である。こどもたちの発育を願って牛乳を提供してきた酪農農家や地域の生産者とのつながりに配慮された対応がのぞまれる。
食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長
食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい