科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

笈川 和男

保健所に食品衛生監視員として37年間勤務した後、食品衛生コンサルタントとして活動。雑誌などにも寄稿している

食品衛生監視員の目

生食のリスク管理

笈川 和男

キーワード:

 食品衛生監視員の一部は以前から、講習会等で「生卵、生カキ、生肉、出すな食べるな」と啓発していた。生卵の病因物質はサルモネラ・エンテリティディス(以下SE)。生カキはノロウイルス、生肉はカンピロバクターと腸管出血性大腸菌O157(以下O157)である。これらの共通点は極めて少ない量、100個以下で感染発症することである。そのため二次感染が発生しやすい病因物質であり、昔風に言えば伝染病菌である。

 鶏卵が関係するSE食中毒は1988年に英国で大発生して、英国政府は「(スキヤキなど鶏卵を生で食べる)日本食に注意」と大々的に注意喚起をした。1989年になるとわが国においても鶏卵が関係するSE食中毒急増し、ティラミス、卵うどんなどによる大きな食中毒事件が発生するようになった。私は当時、飲食店に対して監視指導、講習会の際に「鶏卵は生で提供する時は新鮮なものを、複数割って提供する場合は十分な加熱」と注意喚起をした。その後、1998年に「生食できる賞味期限と購入後の保存方法」の表示が定められ、養鶏場の衛生状態が向上し、事件数、患者数とも減少してきた。

 しかし、1万個に3個程度といわれるSE汚染鶏卵は、割卵後は卵黄膜が破れSEが急激に増菌するので注意が必要である。一度に何十個を割って一つの容器に入れると、もし一個でもSE卵混入していた場合には全体を汚染し、SEが増菌する。これを調理すると、加熱不十分だが美味しい親子丼、カツ丼、スクランブルエッグができあがり、食中毒発生となる。

 現在も全国で毎年何件も食中毒が発生している。この対策としては一人前ずつ割卵してから調理するようにするのがよいだろう(SE汚染卵は極めて少なく、たとえ発症しても一人だけなので風邪かなで終わると思う)。大量の卵焼きを焼かなければならない弁当屋などは、低温殺菌された液卵を使用している。価格は高いが、リスクを回避できる。

 生カキ食中毒の原因はノロウイルス(以前の小型球形ウイルス、SRSV)である。飲食店に対しては、生食用カキであっても食中毒が発生すれば、最終的な提供者が処分されると注意喚起をしてきた。大変おかしな話である。だが、生食用カキは大腸菌群対策として定められたものであり、ノロウイルス対策では無かったため、仕方がないと思い指導してきた。

 現在、生産地においてノロウイルス検査がされるようになり、そして飲食店での生カキの提供が少なくなり、生カキによるノロウイルス食中毒は減少した。三重県志摩半島の出荷量の半数以上が殻付き(生)カキである生産者は、多くをオイスターバーなど、生カキが大好きな客が集まる飲食店へ直接販売しているとのことであった。「症状が出ても訴えることは無いだろう」とのことであった。これは生産者のリスク管理であり、その業者が関連した食中毒事件は聞いたことが無い。ノロウイルスに関しては調理従事者からの二次汚染としての食中毒発生が多くなっている。

 牛肉にはO157、鶏肉にはカンピロバクター、豚肉には極めて少ないがE型肝炎ウイルス、そして、食肉全体はサルモネラに汚染されていることがある。現在、国内において生食用として流通しているのは馬肉だけと考えられる。牛肉を生食用として出荷した実績がある施設はあるが、現在出荷していないと聞いている。

 毎年、牛刺し、牛レバ刺し、豚レバ刺し、鶏刺し、鶏ワサ(鶏生肉をスジきりして湯どおし)による食中毒が発生している。現職の頃、何回も「食肉の生食は危険がある」と注意喚起をし、各自治体も同様に、リーフレット、ホームページ等で注意喚起をしていたが、生肉を提供する施設が増えていったと思う。お客の要望ではあるが、テレビ放映も大きな原因だったと考える。テレビのグルメ番組で「この店の牛肉はと場から直接持ってくるから、生でも食べられる」のような放映を何回も見たことがある。

 テレビで放映された地域の保健所に知人がいれば「この番組で、牛刺しの提供を放映していた」と連絡する。「監視、講習会の際に止めるようにと指導しているのだが」との答えが返ってくる。私としては、不見識なテレビ番組が「食肉の生食をあおっている」と思えてならない。食肉の生食の放映は絶対にやめてもらいたい。
 2009年には全国展開をしている飲食店チェーンで成型肉ステーキの加熱不十分により広域散発性のO157食中毒が発生したのは多くの人の記憶に残っているものと思う。牛肉、特に成型肉はO157の汚染率が高いことを認識していなかったのが原因であり、根本的なリスク管理がなされていなかったと考える。

 日本人は世界一「生食を愛する国民」だと思う、しかし、生卵、生カキ、生肉の提供にはリスクがあること認識していない飲食店があり、消費者とともに認識してもらいたい。

執筆者

笈川 和男

保健所に食品衛生監視員として37年間勤務した後、食品衛生コンサルタントとして活動。雑誌などにも寄稿している

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元食品衛生監視員として、食品衛生の基本、食中毒等の事故における問題点の追求、営業者・消費者への要望等を考えたい