斎藤くんの残留農薬分析
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
「今度は子供服、NZで中国製から大量の発がん物質」(8月21日付け読売新聞)、「豪とニュージーランドで中国製毛布回収、発がん性物質含有」(8月22日付け読売新聞)—-。「何々?」と見ると、中国製子供服からホルムアルデヒド(水溶液はホルマリンとも言う)が検出されたという。毛布も同様。どうしてこうも、おどろおどろしい表題になってしまうのか。「皮膚炎とか目の刺激を起こす」くらいなら理解できるが、どうして発がん物質まで話が飛ぶのか。ハザード報道というよりも、読者で何も知らない人(これが大部分だが)に、悪影響を与えるではないか。
案の定、新人ママさんのブログを見ていたら、「中国製子供服から発がん物質検出!!」というタイトルの書き込みがあった。自分のお子さんの衣服を調べたら200枚くらい(持っている数もすごいが)のうち、日本製などは20枚程度、ほかはすべて中国製だったという。ショックで当面は袋に入れて保管したものの、マイベービーの触れるタオル、ガーゼは日本製のものが結構あったのでそれはとっておき、中国製はゴミ箱へポイ。このブログを見たほかのママたちからのコメントのほとんどが「怖いねー」などと、共感するものばかり。こうなってくると、新聞報道も一種の犯罪に近いのではないかと思えてくる。
ホルムアルデヒドは、ポリマーを作る重要な縮合材として合成樹脂原料、接着剤樹脂原料に広く使用され、国内で年間100万トンくらい生産されている。水にはよく溶けて、反応性も高く、皮膚や眼などの粘膜が刺激され、炎症を発生する。その代表例がシックハウス症候群である。
1997年、厚生労働省からホルムアルデヒドの室内濃度指針値0.08ppm(空気中のホルムアルデヒドが100μg/m3 、ppmへの換算(ホルムアルデヒドのガスの状態に直すため)は約0.8を掛けた数値がppbである。ppmにするには1000分の1を掛ける)が出され、管理されている。しかし、私の知り合いで、ホルムアルデヒドなどにとても敏感な方は、微量でも眼がちかちかしたり、頭痛が起こったりして、新居に長く居られないという。昼間は窓を開けて生活できるが、夜は赤ちゃんと実家で生活、旦那さんは自宅でぐっすりという方もいて、本当に大変な生活を送っているようだ。主な原因は、建材などに使用された接着剤や合板などである。
確かに、ホルムアルデヒドはIARC(国際がん研究機関)の発ガンリスク分類で、04年にグループ2A(人に対しておそらく発がん性がある)から、グループ1(人に対して発がん性がある)に変更された。人でも高濃度の吸入暴露をうけると、鼻腔などの扁平上皮がんの発生の可能性が動物実験から推測されている。ホルムアルデヒドは1級、2級アミン類とも速やかに反応することから、細胞に悪さをし、炎症性病変、腫瘍形成に重要な役割を果たすのだろう。
ただし、吸入のようにホルムアルデヒドが気体として直接細胞に触れた場合である。私たちが日常的に気をつけるとすれば、先に述べたシックハウスの問題と肌着などによる皮膚炎症であろう。以前、フグの養殖でホルムアルデヒドが使用されて問題となったが、これも禁止されたものを使ったのが問題であって、微量のものを食べてもがんが発症するという問題は起こらない。
厚労省は家庭用品の規制として、乳幼児用繊維製品などにはホルムアルデヒドは検出しないこと(濃度としては15ppm以下:肌着50g中に0.7mgくらい含有)、2歳以上の用いる下着、靴下など、カツラなどの接着剤は75ppm以下の基準が設定されている。仙台市衛生研究所の調査(情報広場第11号)では、毎年100件ほどの衣類(幼児用は6割)などのホルムアルデヒド検査を行っているが、99年から04年まで6年間の調査で違反は3件(乳児用パジャマなどで中国2、韓国1)と、それほども違反は多いわけではなかった。
各地の衛生研究所などで定期的に検査は行われているので、日本は基準も厳しいほうであり、安心していいのではないだろうか(仙台市衛生研究所はそれほど大きな組織ではないが、結構良い人材が居た記憶がある。私も地方衛研に勤務していたが、こういった貴重な情報を紹介させてもらうと自分も勤めていて良かったと思うことが多い)。
昔は「赤ちゃんの肌着は1回洗ってから着せなさい」と言ったものである。当時は品質の悪い商品が多かったのだが、ホルムアルデヒドは水に溶けやすいので、洗濯すれば落ちてしまうことを知っていたのだろう。問題なのは、洗濯してきれいになった肌着類をしまっておく家具などに新建材が使われていたり、接着剤にホルムアルデヒドが含まれていて、肌着に移染するといったことだ。
特に、ウールやコットンは吸着・移染しやすく、安いポリエステル、アクリルのほうが移染しにくい傾向にある。子供のことを思って高めのウールやコットンを買うと、かえってリスクが高くなるという皮肉な面もあるのだ。しかし、こまめに洗濯してホルムアルデヒドのない材質の家具にしまうか、ポリエチレンなどの袋に入れて保管すればよい。先ほどの新人ママさんのように中国製だからといって、ゆめゆめゴミ箱などに捨てないでいただきたい。
報道は、事実を事実として伝えていただきたいが、コメントをつける場合はきちんと勉強し、リスク報道をしていただきたい。リスクがある場合は、それを避ける対処法を、海外での事件は国内での対応法なども紹介してほしい。要は記者が、内容を適切に判断する情報も知識もない読者がいかに多いかということを念頭において書いていただきたい。また、そういった記者にも、適正な情報を伝えてほしいのである。無意味な情報難民を作らないためにも。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)