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斎藤くんの残留農薬分析

検査結果は“叱る”より“褒める”に使いたい

斎藤 勲

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 ポジティブリスト制度元年となる2006年がやってきた。厚生行政としては画期的な年であるが、改正された食品衛生法、特に第11条第3項(一律基準)に関連する方々は、満を持している人、半ば諦めている人、よく分かっていない人など、対応に温度差が激しい。

 一律規準に違反した場合、その食品は販売してはいけないとなる。中には食の安全を確保するために、抜き打ち検査の実施と罰則の強化をすべし、という厳しい意見もある。しかし、生産者はある面消費者であり、消費者もある面では生産者であり、人それぞれいろんな立場を持って生活している。お互いを思いやり、理解し合うことが必要だ。叱るよりもお互いの立場を尊重し励まし合いながら、一つひとつ解決するしかない。

 昨年来のポジティブリスト制度の論議を聞いていると、これこれの場合は違反になる、あるいは違反にならないといった、どうしても細かいところに話が集中してしまう。細かいけれども、担当の方には切実なのであろう。改正農薬取締法も罰則が厳しくなり、適用外使用が見つかった場合は、廃棄処分される場合も多い。それくらい強い態度でお灸をすえないと、ポジティブリスト制度の一律基準は守れないという意識もあるのかもしれない。

 しかし、生産者の置かれた立場は厳しい。経費はかかるが商品価格が上がるわけでもなく、後継者も育っていない。豊作になれば叩かれ、農薬使用についてはいろいろな規制も増え、農薬使用の度に農薬の記録管理を要求される。このほかトレーサビリティのために、いろいろな管理記録をきちんとつけなくてはならない。田んぼや畑やハウスで農作業をやっていればいいという時代ではないのだ。

 そんな雰囲気の中で毎日農作業に追われていると、たまに抜き打ち検査に引っかかって、残留基準超過だ、一律基準違反だと急に怒られる。いろいろ調べられて始末書を取られ、まだ品物が残っていれば廃棄させられる。自業自得とはいえ、情けなくなるものである。

 この状況を反映し、自主検査を含めて今、あちらこちらで残留農薬分析が行われている。検査機関も大繁盛である。しかし、数多く農薬を分析した結果は、往々にして基準に適合していたならしていたで、そのまま「良かった」で終わってしまう。生産者にまでその生の結果が戻ることは先ずない。悪かったときだけお呼びがかかるのである。日本はとかく、取り締まる法律に関しては厳しく冷たい対応が多く、法律の趣旨を理解して自ら守って行こうかな(コンプライアンス)という雰囲気を醸し出してはくれない。

 97年から地方自治体の検査部門で「食品衛生検査施設等における業務管理」(GLP)が導入された時、長期にわたって検査や機器の標準作業手順書(SOP)、規約などの文書作成の作業、内部精度管理作業に忙殺されたものだ。また、各検査業務で年1回以上は外部精度管理を受けることが義務付けられた。

 最初は簡単なものだったが、だんだん高度な検体になっていった。当然ミスをする人は出てくる。たまたま誰かが巡り合うのである(人身御供か選ばれた人か)。希釈倍率、小数点の間違い、転記ミス、検量線による定量ミスなど単純なものが多かった。本人は間違った結果を示されて、それなりに検証するから自分自身はその原因は分かるが、検査結果が良かった人はたまたま誰かがどんな理由で間違えたかといった情報はない。

 本当は誰もが起こす可能性のある人身御供の人の間違えた理由こそ共有化し、皆が次の検査に活かすべきなのである。ある検査所では、間違えると上司にひどく叱られて顛末書をとられるところもあると聞く。そんな恐怖政治のような環境では、担当者はまともにやろうとはしなくなる。その場を何とかやり過ごすために、いろんな手を使って妥当と思われる数値を出すのに腐心する。終わればそれまでである。GLPの心何処に?である。

 ポジティブリスト制度の下での残留農薬検査も同様である。数多くの検体を分析していく中で当然、違反事例はまれである。大部分は基準を満たしており、しかもかなり低い濃度だ。だからこそ「基準を超えるものはありませんでした」ではもったいないのである。困難な場合もあるが、農業生産部門もトレーサビリティの仕組みが整えられてきており、生産者の近くまでたどり着ける事例が増えてきている。

 そういう今こそ、この貴重な適合検査データをフィードバックしてほしいのだ。自分の農薬散布の管理状況を、実際の消費者に届く段階での商品検査結果で検証できるのである。食品衛生法の残留基準値に比べてかなり小さい値なら、自分の管理に自信を持てば言い。基準に近い値なら次に何を気をつけるか考えればいい。すべて適正な検査結果こそ生産者に戻って自信と生産意欲に結び付けてほしい。

 そんな環境なら、自ら散布の記帳をする気もわくというものだ。こういった正しい日常的コミュニケーションがあってこそ、まれに起こる違反事例の的確な改善が可能となるのである。農薬検査も取り締まり行政から脱却し、“叱る”から“褒める”仕組みに変えるのが、おそらく本当に消費者のためになる「食の安全」のあり方ではないだろうかと常々思っている。本年もよろしくお願いします。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)