食品衛生レビュー
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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前回、9月18日付けの拙稿「鶏卵のサルモネラ食中毒を減少させた成功を生かせ」で、賞味期限設定の裏側と食中毒発生防止対策についてまとめましたが、今回は、9月に東京で発生した事例などの概要を説明した上で、発生防止対策を再確認します。
事例1:2009年9月、東京都港区内のA県のアンテナショップで、A県産食材を使った料理を提供する飲食店において、「親子丼」を食べたお客が腹痛や吐き気などの症状を訴える食中毒が発生し、糞便からサルモネラ菌が検出されました。発症者の届出数は24人(確定数の公表はまだ)と報道されています。
親子丼は、多いときで1日100食も出る人気メニューなので、使用した液卵(鶏卵を割ったもの)はスピードに対応するため、翌日使う卵をあらかじめ前日夕方に割り、3℃以下に設定された冷蔵庫で保管する「割り置き」をしていました。血清型の公表はまだですが、鶏卵が関連しているので、サルモネラ・エンテリティディス(以下SE)と考えられます。
事例2:02年9月、愛知県と岐阜県内の大手スーパー4店で「カツ丼弁当」を購入し、食べた71人がSE食中毒となり、SEの性状(ファージ型)も同一でした。4店で共通していたのは液卵で、同じ茨城県の液卵工場で製造された未殺菌の全卵液卵を使用していました。4店以外での発生が無かったので、4店に配送された液卵のみがSEに汚染されていたものと考えられました。弁当の商品名に「柔らか」と書かれており、加熱不十分だったと考えられました。
2つの食中毒の共通点は、割って置かれた鶏卵を使用しており、加熱不十分だったと考えられます。実際に「親子丼」「かつ丼」で卵が硬くなるような加熱調理したものは美味しくありません。特に事例2に関しては、全国展開する大手スーパー(実際に原因食を提供したのはスーパーに出店しているテナント店かもしれませんが、許可書上の営業者は大手スーパーとなっています)の鶏卵に関する危機管理の認識が足りなかったと考えられます。
事例3:09年3月には福岡県B市主催の「親子朝ごはんチャレンジ教室」(3歳児の子供を持つ保護者とその子供が対象)で、栄養士の指導のもとに、地域のボランティアが調理を行い試食したところ、23人(内幼児12人)中、14人(9人)がSE食中毒になりました。調理したメニューの中に鶏卵を使用した「たまごサンド」がありましたが、原因食品はカボチャ、キュウリ、チーズを使用した「コロコロサラダ」でした。汚染経路は特定できませんでしたが、カボチャ、キュウリ、チーズがSEに汚染されている可能性は極めて少ないですので、個人的には鶏卵に使用した器具あるいは手指の洗浄消毒不徹底による二次汚染と推察いたします。
ここで、SEの特徴的なことを確認します。
1、SEが生殖器官に入っても、発病しない鶏もいる
飼料を食べる割合に対して多くの卵を産む多卵の鶏がヨーロッパで品種改良されました。しかし通常、卵巣卵管のような生殖器官に細菌が入った場合には、その鶏は発病して処分されるのに、品種改良の過程でSEが生殖器官に入っても発病しない鶏ができてしまいました。
2、SEは病原性が高く、極めて少ない菌量で発症する
通常、食中毒菌は食品とともに何万個も摂取しないと発症しないと考えられていたのですが、SE食中毒では摂取菌量が100個以下と考えられた事例があります。極めて少ない菌量で発症するということは、ほんの少しの不注意、加熱不足、器具類・手指の洗浄不足による二次汚染などで食中毒が発生する可能性が高くなります。調査報告者では、摂取菌量が少ない場合には発症までの潜伏時間が長く、100個以下と考えられた食中毒では平均で4日を超えていました。参考までに、腸管出血性大腸菌O157は10個以下、カンピロバクターは100個以下で発症するという報告も見られます。今は使われなくなった「伝染病」と考えてよいとも思います。
3、SEが鶏卵に入っても、卵黄膜がしっかりしていれば増殖しない
SEは白身の部分(卵白)に入るとされていますが、一時的に卵黄膜の成分により増殖が押さえられます。卵黄膜は保存温度と保存期間と一定の関係で弱化し、卵黄膜が弱化することによって、サルモネラの増殖を起こすことになります。
4、SE汚染卵の比率は極めて低い
SE汚染卵は、1万個に3個程度と考えられていますが、養鶏場の衛生対策が進んで1万個に1個程度ではないかともいわれています。
5、サルモネラの増殖時間は腸炎ビブリオより遅い、でも安心はできない
腸炎ビブリオの細胞が2つに分かれて増殖する時間は10分程度ですが、サルモネラの増殖時間は遅く20分から25分(食中毒菌全体から見るとやや早い部類)と考えられます。20分とすると、1時間で8倍になる計算となります。なお、8℃以下だと増殖しません。
鶏卵のSE汚染率が極めて低いのにSE食中毒が目立つのは、少量の菌量で食中毒が発生しているためで、それだけSEの病原性が高いことを意味します。しかし、新鮮な卵、卵黄がしっかりしている卵は、卵黄膜がSEの増殖を抑えるので安全と考えられます。そこで、前回述べた対策を、もう少し詳しく説明します。
(1)購入した鶏卵はすぐに冷蔵庫に保管する
卵黄膜が弱くなるのを遅くする。8℃以下だとSEは増殖しない。
(2)生食で提供する場合には、なるべく新鮮なものを出す
もちろん、ひび割れ卵は出さない。お客が割ったときに卵黄が崩れるようなら取り替える。
(3)割卵後はサルモネラが急激に増殖するので、すぐに十分な加熱調理する
1時間で8倍、あるいは16倍になる可能性があり、SEが鶏卵の中に5個でも入っていれば、1時間あまりで発症菌量に達する。
(4)かつ丼、親子丼、スクランブルエッグなど、生の感じを残す卵料理の調理の場合には、1個ずつ割卵して調理する
何十個も割って置いておくと、一個でも汚染卵があった場合全体が汚染される。前日割って冷蔵庫へ入れて置いても全体に汚染が広がり、当日は容器ごと調理場に出すので、たった1時間でも食中毒発生の菌量まで増殖する可能性がある。1人1個なら、その人しか症状が出なくて、出ても「風邪かな」で終わってしまう可能性が高い。割った卵をいったん容器に入れた場合には、その容器は必ず洗浄消毒をする。もちろんひび割れ卵は使わない。
(5)生の感触を大切にするティラミスのような生洋菓子には、殺菌液卵を使用する
殺菌液卵は、60℃程度の低温殺菌していますので、製品の風味が若干違っているという人もいるが、安全性は高い。
(6)鶏卵を触った手指、使用した器具類は十分な洗浄消毒をする
二次汚染防止対策。極めて少ない菌量で発症するので、徹底する必要がある。
今回東京都港区で発生した親子丼によるサルモネラ食中毒は、SEによるものと考えられ、十分に加熱調理をしない親子丼に前日割卵した鶏卵を使ったために発生した食中毒だと考えられます。食中毒対策としては、手間はかかりますが、1個ずつ割って調理するしかありません。今まで起きなかったのは、汚染卵の比率が極めて低いからで、日頃からの食中毒発生防止対策が重要です。(食品衛生コンサルタント 笈川和男)