GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
EUにおける情報公開訴訟に勝って、米Monsanto社が申請書類として提出したGMトウモロコシ(NK603、Mon810およびMon863)の90日間Rat Studyを入手したフランスの研究者グループが、「独自の」統計手法を用いてこれらのデータを再分析した結果、肝臓・腎臓への毒性など生体への悪影響が認められた!と、昨09年末にジャーナルに発表した。言祝ぐべき新春には誠に相応しくないこのトピックから、今年は始めよう。
論文の共同執筆者は、フランスの反GMO組織CRIIGEN(Committee for Independent Information and Research on Genetic Engineering)に属するCaen大学生物学研究所のGilles-Eric Séralini教授ら4名だ。Séralini教授らは、過去5年にわたり、主にMon863をターゲットとし同じような主張を繰り返してきており、EFSA(欧州食品安全庁)による彼らの統計手法に対する 否定的評価も含め、過去本稿でも取り上げてきた 。
これらの歴史や経緯は、後掲するMonsanto社反証の末尾にあるAdditional BackgroundやFSANZ(豪州・ニュージーランド食品基準機関)からの2009年12月27日付反論コメント中のBackgroundに詳しい。要するに、他人が行った試験データを基に、手法自体を諸国の権威から否定されようがどこ吹く風、人騒がせな持論を公表し続けている懲りない連中というのが彼らの正体である。
今回の論文の結論のみを簡単に示せば、「我々のデータによれば、これらのGMトウモロコシ系統は肝臓・腎臓への毒性を誘発することを示唆し、それはGM変換プロセスの突然変異による思いがけない新陳代謝の影響も除外はできないが、GMトウモロコシに存在する殺虫剤や除草剤が原因と考えられる。
3系統には、グリホサートとグルタミン酸AMPA(NK603)、 Cry1Ab(Mon810)およびCry3Bb1(Mon863)など異なった残留農薬が含まれ、これらの物質は動物に摂食経験がないから、特に長期健康影響は現在未知のままである。さらに、組み換え遺伝子の挿入部分とゲノムの突然変異の領域が3系統では異なるだろうから、GM系統に関連するどのような副作用であっても、それぞれのケースで特異的であろう」ということになるらしい。
この本質的問題を正面からキチンと論じるためには、09年12月10日付「International Journal of Biological Sciences」誌に発表されたフランスのグループによる 論文と、Monsanto社が10年1月13日に公表した 長文の反証 を十分に読み解く必要がある。
しかしながら、これは筆者も含めて文系の者には困難を極め、理系であっても統計学と動物毒性学に一定以上の知見を持つ一部の方を除いては、いかにもハードルが高すぎる。論文自体が、日常馴染みのない用語や複雑怪奇(としか思えない)な数字と図表の羅列に鎧われているからだ。
それでも、耳目をそばだたせる格好な話題であることは間違いないから、悲しいかな、ろくに背景も調べずに飛びつく二流メディアやブログにはことかかない。特に年明けには、米国に飛び火し、この傾向は今も拡大し続けている。代表格は、「Monsanto’s GMO Corn Linked To Organ Failure, Study Reveals」と大張り切りの10年1月12日付 Huffington Post紙だ(紙名は本家のPost紙とはおそらく無関係、さすがに一流紙は手を出していない)。この手のセンセーショナルな報道やGM反対派ブログは枚挙の暇もない有様だ。
一方、10年1月13日付 Discover Magazine誌の「GM Corn Leads to Organ Failure!? Not So Fast」は、「(論文は)一群の人騒がせな見出しを正当化するために十分ではない」と、なかなか理性的だ。California大学Davis校植物病理学教授で、ベストセラー「Tomorrow’s Table」の著者(夫のRaoul Adamchakと共著)でもあるPamela Ronald女史のコメントも信頼に足るものだろう。
Greenpeaceがこれらの統計分析に資金提供してきたことについて、彼女は「それは、内容が正しくないことを意味しないが、私は多少懐疑的になります」と述べ、発表されたジャーナルのImpact Factor(掲載論文が引用される回数)3.24が「unofficial」と断られている点に関し「それは Séraliniのチームが間違っていることを意味しませんが、速断することは賢明ではないことを示唆するでしょう」とコメントしている。
科学ライターの松永和紀氏によれば、Impact Factorは、「Nature」や「Science」のクラスで30くらいだが、扱う分野が広く読者も多いため高くなっているもので、それらに比べて3が低いとは一概には言えないという。専門分野対象誌では5〜6あれば一流、3でも先ず恥ずかしくはないでしょう、とのことだった。但し、unofficial の意味がまったく分からないそうだ。
IFはThomson Reutersが算出しているが、対象雑誌を一定の基準に基づき厳しく限定しており、同社が算出対象として認めたか、ということも学術誌の評価において重要な要素となる。それ故に、「unofficial」(自己採点?)のいかがわしさをRonald教授に突っ込まれたのだろう。
フランスにおいても、公的独立機関であるHigh Council of Biotechnology (HCB)から、Séralini教授らの論文に対し「GMトウモロコシ3系統の安全性評価の結論に影響を与えるものではなない」との声明 が、10年1月6日に出されている(フランス語のみ)。
公的機関としては、前述の通り「あんたら、もういい加減にせんかいッ!」とばかりFSANZから異例の素早さで 否定的見解が示されており、この概要は国立医薬品食品衛生研究所の畝山智香子氏の09年12月28日付食品安全情報blog に詳しい。
お断りしたように、筆者には論文内容自体の可否を論じる資格や能力はないが、マスメディアのリアクションや筆者が真っ当と判断する識者によるコメントをいくつか紹介して、この社会現象に対する一般読者の理解の一助とする意図で敢えて本稿を書いた。
半世紀ほど前に書かれた「統計でウソをつく方法」という名著(講談社ブルーバックス)がある。昨年、このニュースに接して最初に筆者の頭に浮かんだのは、この書籍のことだ。尊敬する畝山智香子氏も、食品安全情報blog を似たような感想で結んでおり、思わず苦笑してしまった。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)