GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
ニッポン国内のGM関連報道については、FoodScienceへの掲載は終了されたが松永和紀氏 はじめ、ほかのライターの方たちがフォローして下さっていたので、よほどのことがない限り本稿では扱ってこなかった。正月くらいは国内に目を向けてみようかと思っていたら、格好な記事が2、3見つかったので今回はこれらを取り上げる。
まず、WebマガジンMONEYzineの2009年1月6日付「金融危機の次は食糧危機の到来か 遺伝子組み換え作物の光と影」 という振りかぶったタイトルの論評が目を惹いた。論旨展開は最近では珍しいものでもないが、GM作物に否定的見解の理由として、チャールズ皇太子とインドの農民自殺を挙げている部分には明らかな誤謬が目立つ。
頑なな有機農法の信奉者にしてビジネスマンでもある英国皇太子殿下に関しては、最近論じた ので重複を避ける。一方、GM(ワタ)のせいで「インドの農民たちが毎月1000人以上も自殺している」という部分は、GM反対派が繰り返し主張してきたことではあるが、昨08年のデータが完備した調査結果によりすでに完全否定されている。
08年10月29日に「Bt Cotton and Farmer Suicides in India」という調査報告書 を公表したのは、米国ワシントンD.C.に本拠を置く国際食糧政策機構IFPRI(International Food Policy Institute)だ。08年11月5日付の英国New Scientist誌にも「GM cotton in the clear over farmer suicides」 というタイトルでフィーチャーされた。
同誌のグラフ からも、02年以来のGMワタ導入と農民自殺レートの間にリンクがないことは一目瞭然である。なお、インドでは農民も含む自殺者数が多いことは憂慮すべきことではあるが、分母の人口の多さにも関連していることは見逃されがちである。
「しかもこれらのGM作物の種子の値段は従来のものと比べれば数百倍から数千倍という法外に高い値段で売られている。」という記述もおかしい。GM種子が高額であったのは事実だ。GM種子一袋(450g)当たり1000ルピー前後で販売されていたものが、06年6月に州政府の介入により750ルピー(当時の為替レートで約16米ドル)に価格設定された経緯もある。
仮に比較対象を農家の自家採種としてコストをゼロとするなら、数百倍から数千倍という計算は成り立つかもしれないが、それでは不公平だし、この記述は従来の非GM種子との市場価格との比較と読めるから、常識的にもありえない値差であろう。
さらに、「たとえ収穫できた場合でもその作物を食べたことにより農民自身が健康被害に直面したり、奇形児が急増するという二重の苦難に陥るケースが急速に拡大した」は、ちょっと信じられないようなデマである。本格商業化以来10年以上経つが、GM(作物)に起因するヒトの健康被害は世界で1件も起きていない。だいいちインドで唯一商業栽培されているGM作物はワタであるが、ヒトはこれを直接口にはしない。
記事を擁護するなら、「農民自身」ではなく、給飼された牛などの家畜にこのような事態が起きたらしいという国内報道なら、有名な06年5月のヒツジ大量死事件 をはじめ、インドには複数ある。
ただし、同じGMワタ栽培国である北米、豪州、中国などでは、このような事例が一切報告されていないことからカビ毒や残留農薬などの可能性も捨てきれないし、GMとの因果関係が科学的に確立された論証とはなっていない。もちろんヒツジ事件も遺伝子組換え承認委員会(GEAC)などの調査により、GMワタとの因果関係は否定されている。
傍証に専門分野外のガセネタやヒトと家畜との読み間違えを不注意に並べ立てては、せっかくの立派な論考も価値を減じてしまうし、読者をミスリードする弊害は計り知れない。「遺伝子組み換え作物の光と影」の影はペンキでむりやり描いたものであり、速やかな内容訂正を望みたい。たとえ閲覧無料のWebマガジンではあっても看過できない問題だから。
さて、340円を投じて主婦と生活社の「週刊女性」09年1月27日号 を買われた方は、そこに今までの一般誌では、ちょっとありえなかったような記事を見出しただろう。「大反響!!有害なエコ第3弾 もうダマされない!『間違いだらけの食の常識』!!」。ウーン、たしかに「!」マーク5個分くらいの驚きがそこにはあった。
FoodScienceの読者レベルなら、おそらく内容は容易に推測できると思われるので、ウソとホントを対比した同誌の小見出しのみを列挙すると、 食にまつわるウソ(1)無農薬・有機野菜は安心でおいしい→農薬は安全、スーパーで売っている普通の野菜が一番です! 食にまつわるウソ(2)合成保存料・着色料は諸悪の根源→食品は腐ったりカビが生えたりするほうがよほど危険です! 食にまつわるウソ(3)中国産のウナギは危ない→検査は厳格、実は中国産の安全基準は世界トップクラス! 食にまつわるウソ(4)地球温暖化で食料危機が→温暖なほうが植物の育つのは常識クジラの増え過ぎこそ問題だ 食にまつわるウソ(5)食料自給率が低すぎる→食に対する意識改革ができれば自給率はすぐに上がるけど・・・・・ 食にまつわるウソ(6)子どもたちの食育が大切→ありえない食べ合わせの給食より、バランスよい食事を心がけて! これだけ並べただけでもかなりすごいのだが、食にまつわるウソ(4)の本文中では、「日本は気候変動に備えて品種改良や遺伝子組み換えなどの技術を、日本向けだけでなく途上国向けにも開発しておくことが、大きな国際貢献となるだろう。」と農水省が泣いて喜びそうな主張を堂々展開している(しかもコメンテーターが、ではない)のだ。 (4)や(6)にはやや奇を衒った部分がないでもないが、それでも立派過ぎるぞ、「週刊女性」!!(1)では武闘派有機グループからの抗議を、(4)ではおクジラ様命で目的のためには不法行為も辞さないヤクザまがいの環境NGOから襲撃を受けそうだが、ぜひ負けずに頑張って欲しい。 ところで、女性週刊誌独走かと思ったらサラリーマン向けの小学館「週刊ポスト」もしっかり併走していた。09年1月16/23日合併号 の特集記事「2009年『反転ニッポン』大予言書」のヘルスの項目は「バイオ食品を初夢リポート!『がん予防ビール』、『ボケ防止米』、『ストレス撃退レタス』の開発最前線」と題されている。 農業生物資源研究所遺伝子組換え研究推進室長田部井豊氏コメントの花粉症緩和米を筆頭に、東大のアミロイドβ導入米、産学官連携プロジェクトのヒトチオレドキシン1発現レタス、米国ライス大学のレスベラトロール含有ビールなどを見開きページで紹介、「最先端のバイオテクノロジーが、未来の『医食同源』を実現させる日も遠くない。」と結んでいる。なるほど、こちらは男のロマン風味だな。 一部とはいえ、専門誌以外でこの手の書きぶりの記事が世に出るようになったのは、今まででは考えられなかった事態だ。消費者に複眼的思考を促すメディアからのリードは歓迎すべきだろう。怪し気な特定の自称専門家のコメントに依拠した「(仮想)リスク偏重情報」が相変わらず大好きな大手一般紙のデスクの皆さま、たまには奥さまから「週刊女性」をお借りになって読んでみて下さい。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)