GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
松永和紀氏が詳報されている通り、トウモロコシからのエタノールやDDGS(dried distillers grains with solubles)生産に焦点を当てたアメリカ穀物協会主催のシンポジウムは、非常に興味深い内容であった。しかし、この問題を巡っては、あの場で決して語られることがなかったもう一つのストーリーが進行している。それは、隣国メキシコにおける「トルティーヤ危機」だ。
手っ取り早く事情を知るためには、2007年2月5日付朝日新聞「『トルティージャ食わせろ』 高騰にメキシコで抗議デモ」及び2月6日付読売新聞「メキシコ主食の価格高騰、米国の燃料用コーン需要増で」で十分なのだが、ネット版はすでにリンクが切れている。言及しているブログなどで見ていただきたい。
バイオ燃料用エタノール需要勃興→原料トウモロコシが価格高騰→トウモロコシ粉原料の主食トルティーヤ高騰という因果関係は風が吹けば桶屋が・・・よりよほど分かりやすいし、事実でもある。いわばFood-versus-Fuel論争の先鋭的具現化である。しかし、GMOも絡んでくる裏事情はもう少し複雑だ。
まず、メキシコのトウモロコシ需給事情から眺めてみよう。近年の生産量はおよそ2000万トン、輸入量は市場原理によらず数量割当制の影響もあってか不安定だが、400万トンから600万トンを輸入している。主な輸入先は米国で、94年の北米自由貿易協定(NAFTA:North American Free Trade Agreement)発効以来激増した。
ここで、とかく無視されがちなのが品種の相違だ。黄トウモロコシとも呼ばれるデントコーンは飼料やエタノール製造に使用され、白トウモロコシとも総称されるフラワーコーンやスィートコーンは食品に用いられる。メキシコ国産の90%以上が白で、輸入のほとんどは黄である。同じトウモロコシであり価格高騰は一緒だが、この違いは押さえておくべきだ。
補助金に厚く鎧われGMO導入で生産力も向上し、価格競争力抜群の米国産トウモロコシの大量流入は、現在とは逆に価格の下落を招き、メキシコ国内の小規模農家を圧迫してきた。政府も無為無策だった訳ではない。種子の無料提供や肥料などへの助成金、技術援助、大型農機具の共同購入援助など、一通りの弱小農家支援政策は打ち出されている。トウモロコシ本体以外の価格変動要因は、主に米国からの鉄道運賃という中で、危うくバランスが保たれてきたのがメキシコのトウモロコシ市場である。
そこに突如降って湧いたのが、米国のエタノール狂いとトウモロコシ価格高騰であり、脆弱な市場基盤の隣国メキシコはあっという間に類焼してしまった。白トウモロコシ粉が原料のトルティーヤ値上がりは序の口で、飼料用黄トウモロコシ高騰に起因する肉、タマゴ、牛乳の値上がりも追従しそうとあって、消費者は気が気ではない。デモに打って出る。
NAFTAの米・墨交渉でも、農産物貿易は当然ながら論争の的だった。メキシコのトウモロコシの関税割当制度は08年で撤廃され、以後は自由化が控えている。現在のトウモロコシ高価格で一時的に潤ったメキシコのトウモロコシ生産者たちも、1年先には奈落が待つ不安でいっぱいだろう。デモに行こう、だ。
経済成長は頭打ち、06年のインフレ率4.05%にも不満がくすぶっていたから、批判の矛先は政府に向かう。あちこちの国で既に行き詰っている市場重視の自由主義経済政策に、総論的には拘泥し続けるFelipe Calderon政権への風当たりは激しい。そんな中で公然とささやかれ始めたのが、98年以来禁止されてきたGMトウモロコシの導入だ。
参照記事1
TITLE: Mexican farmers seek OK for genetically modified corn
SOURCE: EFE, by Edna Alcantara
DATE: Jan. 19, 2007
参照記事2
TITLE: Will Mexico get modified corn?
SOURCE: the Truth About Trade & Technology, by Kenneth Emmond
DATE: Feb. 13, 2007
1本目では、価格安定のためにGMトウモロコシ栽培を許すべきだという一部農家に、Greenpeaceが立ちふさがる。00年に交雑論議を起こしたトウモロコシ原産地の種子多様性を守れ、大企業の種子支配を許すな、というお馴染みのお題目に加え、米国産Btコーンのターゲット害虫はメキシコには少ない、トルティーヤ危機はGMO栽培を許すためのメキシコ政府の口実に使われていると叫ぶ。
しかし、2本目ではこれに対して割り切った大胆な反論が示される。環境保護主義者に欠けている概念がトレードオフであり、歴史的で貴重な遺伝資源の一部を失うリスクは、未来の需要を満たすための非常に増大した蓋然性に対して測られるべきだというのだ。
ところで、最近米国の面白い論評を目にした。トウモロコシベースのエタノール生産は、サトウキビに比べエネルギー効率が悪い。しかし、気候的に米国ではサトウキビが大量に作れない。メキシコにサトウキビを作らせエタノールを輸入すれば、ブラジルから輸入するより運送コストが安いだろうというのだ。実は、メキシコでも2つのエタノール製造工場が建設中である。
これらすべてを見通しての筆者の感想は、いずこの国にあっても農業政策というものは実に難しいものだという月並みな慨嘆に尽きる。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)