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執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

透析導入前にひと呼吸。

平川 あずさ

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 昨年、名古屋市内の病院で、透析病院に患者を紹介した見返りとして 賄賂を受け取ったという事件が報道された。裁判では、検察側が「患者をまるで金銭で売買しているに等しい」と厳しく断罪した。よほどの事情通ででもない限り、解説がないと理解しにくいだろう。

 以前にもここで取り上げたが、人工透析(以下:透析)という治療法がある。血液中にある体内で生産された代謝産物や老廃物は、健康な人では腎臓がそれを濾過して(尿として)体外へと排泄する。腎臓の機能が落ちた患者では、これがうまくいかずに毒素となって血液中に溜まってしまい尿毒症という致命的な疾患を招く。

 この治療法として、血液を体外の機械で濾過をして、また身体に戻すというのが透析治療だ。30年ほど前にはあまり行われていなかった治療法なのだが、近年よく耳にするようになった。みなさんの周囲にも「透析をしている」という方がいるのではないだろうか。

 透析は大変に優れた医療技術であるけれども、これが唯一の治療法ではない。透析に入る前に、他の治療法(食事療法)があるということを医師は知っているはずだが、患者にはその選択肢が与えられない場合が少なくない。その理由の1つとして、食事療法には知識、経験ともに豊富な医師、栄養士が必要であり、時間と手間がかかる割には保険点数が低い(つまりは病院の収入に結びつかない)ということが指摘されている。

 それに対して透析治療は保険点数が高く(設備投資を最初にしてしまえば)病院経営上の大きな利点となる。以前から医療界では、「患者さえくれば透析病院は儲かる」という評価が定まっている。

 名古屋での事件と裁判は、こういう事情が背景となっている。

透析導入前の時期に行う食事療法

 腎臓の機能が低下した慢性腎不全の保存期(比較的早い時期)の患者には、透析を導入する前に、適正エネルギーを確保しながらたんぱく質を減らし、食塩やカリウムやリンをコントロールする食事療法がある。血液中に溜まってしまう毒素を減らし、食べ物の摂取によって生じる腎臓への負担を減らすことで、まだ腎機能が残っている患者に対する治療効果を発揮する「低たんぱく食」だ。

 人によって腎臓の機能の程度は異なるので、当然のことながら血液の代謝産物や老廃物の量が違ってくる。そのため「低たんぱく食」という治療の内容は患者ごとにそれぞれに異なる。医師は個別に血液データや24時間蓄尿の結果を見ながら、この食事療法を栄養士とともに行うことになる。かなり複雑な治療となるため、これを実践しているのは一部の医師と栄養士だけになるというのが、わが国の現状だ。

 「低たんぱく食」には熟練した栄養指導の技術が必要であり、患者がそれを習得できるまでに時間がかかる。それはまさに「食事は患者のもの」だからだ。

 ガイドライン通りの栄養素の食事箋だけでは栄養素の量や割合を示すだけなので患者に伝わらない。また、モデル献立を示すだけでも長続きできないようだ。(毎日新聞に掲載された出浦照國・昭和大学藤が丘病院客員教授の提言参照を。)

 低たんぱく食を成功させるためには、患者自身の食べ慣れた料理、心地よい環境など、もっと実際の食生活に踏み込んで、普段の食事でどう工夫するのかのコツを伝えていくことがポイントとなる。患者が自分の食生活で「今日は焼き魚が食べたいな」とか、「今日はエビチリを食べよう」というように、低たんぱく食であっても、いつもの感覚で、「食」を選び、献立が決められるのが理想である。

 実際に、透析導入と言われてから10年以上透析導入を遅らせることができた患者にはこのように制限があっても自在に食生活を楽しんでいる人が多い1)

 しかし、この食事療法が効果を発揮することは知られているものの、それを多くの医師が選ばないのはなぜなのだろうか。

「透析しますか」、「低たんぱく食をやってみますか」

 インフォームドコンセントという言葉が1990年頃から使われはじめて久しい。今ではセカンドオピニオン外来もでき、複数の医師に診断を仰ぐことができるようになった。患者だけでなく、家族にも病態の説明があり、十分に納得した上で治療が進められるようになったのだ。

 私は透析に入ったすべての人に対して、「低たんぱく食」で透析導入を遅らせることができると言っているわけではない。腎臓破裂や急性期の場合にはもちろんすぐに透析に入らなくては命の危険がある。しかし、多くの場合は、透析導入の前に低たんぱく食を試してみる価値はあるはずだ。医師から「透析ですね」と言われた際、ひと呼吸おいて、「低たんぱく食はできませんか」と医師に尋ねてみてほしい。

 それは、本欄「低たんぱく食は「高度医療」である(2)」の中の透析療法の実際に書いた通り、透析はいいことばかりではないからだ。透析になっても、代謝によって毒素が溜まれば、それをろ過するまで(次の透析まで)の間はだるい症状が出たり、身体が重くなったり、スッキリと生活できない。だから何でも好きなだけ食べていいわけではないことは明白だ。

 透析に入る前に「低たんぱく食」を実践しておけば、透析に入ってからも透析に合った「適正たんぱく食」を実践することで、透析時間が長くなっていくことを抑制でき、その分、QOL(生活の質)が高く保たれる。

 患者には本来、透析導入の前に「透析しますか」、「低たんぱく食をやってみますか」の選択肢があるべきではないだろうか。

 なぜなら、透析は生命とも直結する。その人の寿命を延ばす可能性がある一方、デメリットもあり、その人の暮らし方に大きく影響する。こんな大事なことなのに、透析導入前の患者には他の疾患に比べても選択肢がない(話が少し横にそれるが、これからは「腎移植をしますか」という選択肢もあっていいように思う)。

 たとえば、「がん」のケースなら、手術、放射線治療、抗がん剤治療、免疫治療等々、様々な治療法があり、インフォームドコンセント(医師から患者への情報提供)が積極的に行われたり、セカンドオピニオン(主治医以外からも治療方針を聞く)を受ける機会があったりする。けっして充分とは言えないが、それでもまだ透析に比べると患者の選択肢が多い。

 透析治療の場合は、選択肢がないことで、患者の今後の生き方の可能性が極端に狭められているのではなかろうか。この「選択肢が狭まっている理由」の一つに、冒頭の裁判例のような「経営判断」が大きく影響しているのだとしたら、それは患者にとってきわめて不幸なことであり、同時に社会的にも許容しがたい状況だと言えよう。

参考
きよすクリニック
吉祥寺あさひ病院 
本欄 低たんぱく食は「高度医療」である(1)

1)佐野川三央子、 出浦照國 著.低たんぱく食でおいしくて、元気.食生活編集部編.2012.

執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい