あずさの個別化栄養学
食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい
食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい
食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長
■予想外に多かった「生活習慣病」の研究発表
今年の8月21日から3日間台湾で第6回アジア栄養士会議(以下ACD; Asian Congress of Dietetics )が開かれた。参加者はアジア地域の栄養士や健康政策関係者を中心とし1000人を超えた。
発表内容は、開催地が台湾ということもあって「薬膳」も少なくなかったのだが、やはり昨今の世界的潮流を反映して、生活習慣病を予防するための研究が多かったように思う。なかでも、健康食としての「日本式食事法」をテーマにした研究が多かった。
日本の研究者だけではなく、海外からの研究発表にもこの内容が多かった点は、数年前の日本で「地中海式食事法」がブームになったことが再現されているようで、興味深かった。アジアでも「日本食=健康食」という認識が広がっているようである。
ACDでは、これまで何度も「アジア地域特有の栄養問題」が議論されてきた。筆者は、アジアの一部の地域は貧困あるいは民族性からくる低栄養状態がまだまだ主要な問題であると考えていたので、低栄養問題についての議論が盛んに行われるのではないかという思いを持って参加した。予想に反して、今回の会議には肥満や糖尿病や腎不全などの「過栄養問題」を扱う発表が相次いだ。つまり、アジアにおいても食が豊かになり、生活習慣病の問題が大きいということなのだろうか、低栄養問題は解決したのだろうか。
帰国後、アジアの「過栄養問題」と「低栄養問題」について、ACDで日本代表を務めた、十文字女子大学「アジアの栄養・食文化研究所」所長 山本茂氏を取材した。
■アジアにおける二重負荷構造の栄養問題
山本氏によると「いま、東アジアの都市部では食が豊かになっていて、日本の栄養状態と似ている。しかし、一方では貧しい農村部は低栄養が残っている。さらに、インドやバングラディッシュ、パキスタンといった地域は低栄養状態もまだまだあると考えられる」とのこと。さらに話をきくと、「低栄養の改善は、その地域の文化、経済、紛争といった要因が大きく関与し、栄養学的アプローチのみでは結果を示しづらかった。その間に、多くの国家で経済的な発展があり、低栄養は減少し、同時に肥満を中心とする生活習慣病が増加した。すなわち、「低栄養」と「過栄養」がともに存在し、「栄養不良の二重の負荷」という問題が生じることとなった。そのような背景から、社会的関心は、低栄養よりも過剰栄養にシフトしたのではないだろうか。」ということであった。
この2重構造のうち過栄養問題の部分では、これから先をどうしていくのかに焦点がある。日本の肥満を例にみれば、ここ20年ほど低い値を維持しつつも微かに増えてきて近年少し減少した(図1)。一方アメリカは右肩上がりで増え続け、近年少し減少したものの肥満率は36.6%と高い状態である。アジア各国はこれから先の10年を日本のように低いレベルで保てるのか、それともアメリカのように急速な肥満増加の道を辿るのかを今、見極めていく大切な時期なのである。
なお、この図の肥満の定義はBMIが30以上ということになっている。日本の定義の25以上というのとは違うので、日本は肥満が少ないと安心できるデータではない。そもそも体型や体質が違うのに一律に欧米の基準で比べていることは問題だがそれはまた別の稿で述べることにする。
■情報発信力が欧米に比べ足りない日本
ACDで日本が注目されたのは、先進国の中では日本人の肥満は明らかに少ないからである。
さらに、日本人の平均寿命の長さに世界が注目していることからも分かるとおり、日本は世界でもトップクラスの各種栄養活動をしてきた長寿地域である。しかしその割には、栄養や健康に関する研究・教育の世界への発信が遅れている。逆に、情報発信力の大きい欧米の影響を強く受けることになりがちだ。欧米人と私たちアジア人では遺伝的素養が違うし、言うまでもなく食文化も相当に異なっている。
日本の健康対策は、アジアのお手本になり、それは世界のお手本になりうる。いつまでも欧米人のあとを追うのではなく、日本人やアジア人に合った医療政策をとるべきであり、その研究をリードするのは間違いなく私たち日本人であることを実感したアジア栄養士会議であった。
食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長
食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい