多幸之介が斬る食の問題
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
ある大手食品メーカーの広告に、「爽やかな朝を迎えたい熟年男性、健やかに過ごしたい熟年男性」に向けたという見出しの大きなフレーズを見かけた。この広告を見る限り単純にその意味するところは分からない。とにかく熟年の男性がこの広告の対象物を摂取すると、“爽やかな朝を迎え、健やかに過ごす”ことができるようになるらしい。
かつて、田中真紀子氏の絶大な応援により小泉純一郎氏が総理になった時に、小泉総理は「女性に立て、立てと言われて、男として立たないわけにはゆかなかった」という話をしていた。この小泉総理の言葉に、多くの、少なくとも私の周りの男性諸氏は苦笑した。それは、この会話の別な意味での面白さ、「男性が、女性に立て」と言われたという言葉の陰の意味を想像したからである。今、私が問題として取り上げているこの広告は、まさにそうした読みができないと分からないのであるが、なぜ、こんな広告を出さなければならないかを少し考察したい。
問題の広告「爽やかな朝を迎えたい熟年男性、健やかに過ごしたい熟年男性」に向けた食品は「ノコギリヤシ」の宣伝である。この広告の食品は、なぜこんな説明がしてあるのだろう、と真面目に疑問に感じた人が、隅から隅まで読んでも目に付くのは、せいぜい「40代後半からは自分の健康管理と向き合う時期。きっかけは小さなシグナルです。キレが悪い。すっきりしない。そんなシグナルを見つけたら、早めに手を打ちたいものです」という大見出しに関連したような意味のはっきりしない解説のみである。
ノコギリヤシは欧米では前立腺肥大に有効なハーブとして登録されており、販売されている。そして、実際に多くの臨床治験において、熟年男性の前立腺肥大にともなう、残尿感党の改善に関する効果が認められている。しかし、日本では欧米でハーブとして販売されているもののほとんどが単なる食品としてしか販売が許されない。
食品は医薬品的効能を商品に記載すると「薬事法」の取り締まり対象になってしまう。私が今回取り上げた「ノコギリヤシ」の商品は、あるしっかりした食品メーカーが安全性等も含めての品質管理のもとに製造した商品で、少なくとも欧米で販売されているハーブレベルでの効能は期待できるものがある。
しかし、日本では現実には前述のような「想像の世界」でその効果を予測しなければならない。今、健康食品の製造にかかわっている業界は、このようなぼかした表現でしか製品の説明を消費者にできない点を、大きな問題として解決策をまさぐっている。それは、結局こうした中途半端な形でしか効能を消費者に伝えることができない状況に多くのまじめな健康食品製造関係者が戸惑いを隠せないからである。
効果があるのなら医薬品として登録すれば良いではないかという厳しい考え方が一方にはある。しかし、新しい医薬品の開発には、想像を絶するお金と時間を必要とする。そして、たとえ、このようなハーブを医薬品として開発をしたところで、効能等が既知である物質については、特許などに関する利権の発生する余地は極めて僅かであるから、企業サイドで考える時にその価値はほとんどない。
日本では現在保健機能食品制度があり、このうち特定保健用食品(トクホ)と呼ばれるものは、一定の臨床実験を行い、その効果が認められれば、健康状態に影響を与える機能をその商品に明記しても良いことになっている。
例えば、「血糖の気になる方へ」との記載のあるトクホは食後の高血糖を抑制する食品素材を含んでいて、実際に血糖上昇の抑制効果が認められる。従ってハーブに分類されるような健康食品も医薬品ではなく、トクホとして申請すればよいのではとの意見もある。しかし、すでに非常に多くの効果が確認されているダイズイソフラボンを含んだトクホの申請に対して、安全性を大きな問題点として結局は認可にならなかった。
このダイズイソフラボン含有食品がトクホとしての表示が許可されなかったことは、業界にある意味でのトクホの限界を感じさせ、新しい効能を有する健康食品をトクホとして申請することにためらいを生じさせる結果となっている。しかし、厚生労働省としては、確かに効能があることを認めても、安全性を盾に認可をしない姿勢にはある意味でのやむを得ない部分がある。
ここで、良く考えないといけないのは「毒と薬は裏腹」という言葉である。すなわち、どんなに良いと言われる医薬品でも、量を間違えば毒となる。言い換えれば、効果のあるものはその効果の量を過ぎれば毒性がでるというのは、医薬品に限らずすべての化学成分に適用できる。毒性学の基本は「どんな物質も、その量によって毒物となる」である。
健康食品も有効性の認められるものは、すべてある量を超えて用いれば毒性が出るのは当然である。したがって、安全性を強く求めればおそらく少しでも有効性の認められるような健康食品はすべて認可されないのは明白になってくる。一方において幾つかの、すでに民間で使用されている“いわゆる健康食品”には、生活習慣病対策になどに有効性をかなり期待できるものがいくつか存在する。しかし、それらは今の現行の日本の法規の下では健康に関与する食品としての製造と販売は認められない。
ところが、医療費が増大する中で、幾つかの健康食品の利用によって生活習慣病対策に有用であるとするならば、そうした健康食品の利用は積極的に行った方が良い。そのための最近の新しい政治的動きと、リスクコミュニケーターの意義について次回から少し触れさせて頂く。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)