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多幸之介が斬る食の問題

チクロを人工甘味料として許可することの意味

長村 洋一

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 私は先月の中旬からドイツのHamburg大学で仕事をし、週末を利用してドイツを旅行して歩いていた。そして、ホテルなどのレストランで食事をしていて大変驚いたことがあった。それは食卓に人工甘味料としてサイクラミン酸ナトリウム(チクロ)が砂糖と一緒においてあることであった。約30余年前に米国、英国に次いで日本も発がん性を理由にチクロが使用禁止になった。しかしその後、米国の国立がん研究所の報告に基づき、1985年に米食品医薬品局(FDA)のがん評価委員会はチクロには発がん性はないと結論を出している。

 私はチクロが使用禁止になった数年後にドイツの糖尿病研究所での研究生活を3年間ほど過ごした。この時に私の上司であり糖尿病研究所の所長であったGries教授は「実際には数100mgしか摂らないようなチクロを、人間に換算したら100g以上も毎日摂取すると始めてごく僅かに発がん性が認められるが、そんな馬鹿な実験事実をもとにチクロを禁止にするなどということを何故やるのだ。チクロによる膀胱がんの発がんを恐れる前に砂糖の摂りすぎによる糖尿病を恐れるべきだ」と学者としてその良心に基づいて騒いでいた。

 最終的にはGries教授の発言によってチクロが今も使われているわけではない。しかし、ドイツの多くの医師を含む学者がこうした発言をしたことがその原動力になったことは間違いがない。今回ドイツ滞在中に食品関係の研究者の何人かとかなりゆっくり話し合う機会を作ることができたが、ある物質を使用することの利益と危険性のどこに線を引くかという問題に幅広い専門家が真剣に取り組み、危機管理としての食品衛生的取り組みがしっかり行われている印象を強く受けている。

 チクロは禁止になった後も種々のデータを基に製造会社の米Abbott社は許可申請をしているが再認可はされていない。ところで、日本にはチクロとは異なって我が国で開発されたフェニルアラニン誘導体の人工甘味料が存在する。ところが、この甘味料は食の安全を考える一部の人達の間では、フェニルケトン尿症との関連から一般人でも摂取は避けるべき危険な食品添加物として扱われている。

 しかし、メタボリックシンドロームなどで大騒ぎをしないためにも積極的にカロリーを押さえる方法として人工甘味料を使用する利益と危険性がどのような関係にあるのかを理解し、積極的に利用し健康管理に役立てるようなことはかなり重要な問題である。

 作今、特に食の問題に関しては一般人も身近な問題であるだけに非常に関心が高い。そして、科学的環境から距離のある人達は、特に安全性に関する情報に敏感になっている。そのために、誇張された危険情報を怖い物見たさのような感覚で求めている。そこに、メディアが乗ると、ほとんど確率的にあり得ないようなことが日常的に発生するように錯覚をおこさせてさせてしまう。

 そして、それが繰り返し報道されてゆくとやがて一般社会では事実となってすり込まれてゆく。その結果、実際には有用な物質が社会的に葬られてゆく。こうした一般社会の人達と専門分野のギャップを埋めるために、科学者の立場から一般の人達へ向けたリスクコミュニケーターの必要性を、国外にいて改めて強く感じさせられながら帰国をした。(千葉科学大学危機管理学部教授 長村洋一)