GMOワールドⅡ
一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている
2012年11月6日に州民投票が予定され、現在のところ成立する見込みが高いと伝えられるカリフォルニア州のGM(遺伝子組み換え、以下原文にGEとある場合はこれに従うが意味は同じ)食品表示法案(Proposition37)を検証している。9月3日の(上) に続く(中)からは、法令の条文をチェックする。
良心的なカリフォルニア州民は、前半で紹介した州政府の広報資料を、一所懸命読んでから投票に行くのだろう。しかし、既に州の立法審査を通過した法案原文 までキチンと熟読すれば、州政府広報が伝えてはいない多くの問題点に気がつくかもしれない。
法案原文には、手書きによる裁判所立法審査の書き込み跡も生々しいが、審査はもっぱら項番の振り方や言葉遣いなど、法律文としての体裁にのみこだわっただけで、内容までは詳しく吟味されていないように感じられる。
その結果、立法審査が見落としたらしい最大の問題点は、制度を実行していく食品業界の立場から見て、原料農産物に対する閾値を設定せずに、加工食品のみGE混入閾値を定めたことと、表示免除要件との関係ではいかと筆者は考える。その盲点は、結局のところ消費者利益を損なう。
先ず、生食農産物にはこれ以上GE混入があればGE表示すべしという閾値が定められていない。GE表示免除要件の一つに「知らずに、または意図することなく遺伝子組み換えされた種子や食品を含んで生産された」(110809.2「GE食品表示―免除(品)」の (b))があるのみで、それは「意図的にまたは故意に遺伝子組み換えされてはいないという宣誓陳述書」により担保される。この意味は、生食農産物への畑での交雑や輸送経路での偶発的混入は、「知らなかったんですぅ」と主張すれば、閾値に関係無く無制限に認められることになる。
実際に店頭に並ぶGE生食農産物は、スイートコーン、パパイヤ、ズッキーニ、アルファルファくらいだろうから、表示キャンペーン側も大して力こぶを入れていないのは分かる。このGE表示制度のメイン・ターゲットがスーパーの食品棚に並ぶ圧倒的多数の加工食品群であるということは、容易に推測できるだろう。
しかし、その加工食品の原料として使われるのは、主として生食農産物に実態的に等しいのだが、当然ながらGE混入閾値も生食農産物と同様に無制限で、定められてはいない。もともとこの法律は、消費者にわたる最終製品のみを対象としているからでもあるが、入口をフルオープンにしておいて、出口だけを絞れば、必ずなんらかの形でボトルネック現象が起きる。
日本のJAS法に基づいたGM食品表示制度も、消費者にわたる最終製品のみを対象にしており、当初の案では原料への閾値がなかった。しかし、食品業界による管理の困難さに気がついたのか、施行前に原料のダイズとトウモロコシに5%の閾値が急遽設定され、加工食品群は絶対にこの閾値を超えないような制度設計がされている。EUでも、GM農産物を直接使用する家畜飼料を表示対象とするため、同じく0.9%の閾値は、原料自体にも適用されてくる。
一方、Prop 37では、加工食品への混入閾値(あくまでGM表示をしなくてもよいという意味であり、当該製品がGEゼロ・トレランスを要求するnon-GM食品であることを保証してはいない)に関してのみ、「110809.2. GE食品表示―免除(品)の(e)」に記載がある。ここは大事なところなので、訳してみる。
「2019年7月1日まで、sec.110809で述べた加工食品のうち一つもしくはそれ以上のGE材料(ingredientsとあるので成分とも読める)を含むものについては、(1) 一つあたりのGE材料(成分)がその加工食品の全重量の0.5%以下であり、かつ(2) その加工食品にそのようなGE材料(成分)が10(種)以上含まれていないこと」
おそらく(2) で述べられていることは、一つの加工食品にGEダイズ、GEトウモロコシ、GEナタネ、GEワタ、GEパパイヤ、GEサトウダイコンとGEズッキーニなどの農産物とそれ由来の食品(例えばダイズ油、コーンスターチなど)が一緒に含まれ(「110809 定義」の(d))、それぞれが(1) で0.5%の閾値が許され10種類までいいとされているから、理論上の法的最大許容GE閾値は、偶々日本と同じ5%になる。
先ず、この閾値を0.5%とした根拠が不明だ。EUの閾値0.9%は農産物の交雑の可能性を統計的に考慮した科学的裏付けがあり、日本の閾値5%では、さらに長い穀物流通経路の各段階で起きるかもしれない意図せざる混入が、当時の夾雑物の混入率を参考として配慮されている。
カリフォルニア州では、加工食品側から閾値を見れば、0.5%~5%という0.5%刻みの曖昧な変数が与えられた。どうせ上限を5%まで認めるなら、日本のように最初から原料や食品の種類や数をいちいち問わず5%一本にしてしまい、それ以上なら表示とした方がずっと分かり易い。
さらに、Prop 37は、植物油、スターチ、果糖のような単品のGE由来原料を含む加工食品が市場には多いであろうことを無視して、おそらく量的にはより少ないかもしれない(統計がないから正確には分からないが)複数GE由来原料を用いた加工食品にあまりにこだわりすぎた。10種混合なんて、現実にはあり得ない。
では、食品業界の管理実行可能性について考えてみよう。先ず、GE表示食品を販売する食品メーカーはカリフォルニア州に特化した表示をしなければならないから、製品ラベルの一部貼り替えは必須になる。工場では、それ以前に他州向けとの生産ラインまで分ける必要が生じるかもしれない。
これらは経済要因だからコストアップとなって、食品メーカーが吸収できない場合には、消費者自身にはね返る。因みに7月25日にNorthridge Environmental Management Consultantsが纏めた経済影響評価報告書は、ラベル貼り替えに伴う費用総額を年額52億ドル、標準家庭1軒当たり年間350~400ドルの家計負担増と試算している。
だが、ラベルの貼り替えは、食品メーカーにとっては、おそらくまだ楽な方だ。問題は、GE表示を避けたい食品メーカーの場合。その目的に叶う原料の調達は可能だろうか? ということだろう。
例えば、コーンスナック菓子などでは、原料にコーンと揚げ油(ダイズ油、コーン油、ナタネ油など)が含まれる。まず農産物原料のトウモロコシが、「GEではない」と宣誓陳述された閾値無制限の農産物のうちから、さらにそれらの閾値が0.5%以下であると供給元で保証された商品を、自社努力で探し求めなければならない。
同じく、原料に使用した原料農産物種子の閾値が0.5%以下であると保証する揚げ油を販売する製油メーカーを探して、購入しなければならない。食品メーカーにとってはコスト以外にも、非常に面倒なリソースの浪費を強いられることになる。
しかも、多くのの原材料を含む加工食品では含有する油分の中から、GE農産物由来の油の重量だけを特定することは絶対に出来ない。これは、DPH(州公衆衛生局)の管理能力を超えており、遵法管理も部分的には不可能、つまり不公平な制度なのだ。
ともかく、食品メーカーは、法律を超えて原料閾値0.5%を自己設定しなければ、原料供給先が「知らなかったんですぅ」で許されている合法的な原料農産物を調達し、違法性がない製造工程で作ったとしても、工場を出たとたん店頭で今度は「知らなかったんですぅ」は通用せず、「知れ!」と書いてあるだろうがとばかり、あっけらかんと違法食品販売で御用になってしまうのだ。どう考えても、これも法制度上の欠陥であり、イジメでしかない。
これを解消するには、原料農産物側にも閾値を与えて入口もコントロールするか、逆に出口の加工食品にも閾値を定めず、宣誓陳述のみで表示免除とすべきなのだ。前者の場合、今は積極的に論戦に参加していない農家が強力な反対勢力に回るため、ワイン業界を敵にしたくないのと同じ理由から、後者の場合は米国での「宣誓」は案外重いが、ザル法になると批判されるからProp 37キャンペーン側には出来ないのだろう。
こういう状況だから、GMA(全米食品製造業者協会)はじめCoca-Cola、Campbell’s、General Mills、Nestle PepsiCoなどの大手食品メーカーがこぞってProp 37に反対し、反対組織に莫大な運動費用を寄付している理由である。また、法案が成立したなら、市場の反応いかんでは行政訴訟を起こすかもしれない。
一般州民よりも、法律問題に対する知見が高い、いわばプロ集団である他州の州議会の反応には、この行政訴訟への懸念が色濃く表れている。GE食品表示法案が議員立法されたバーモント州議会が4月にGM食品表示議員立法を廃案とし、コネチカット州議会も5月、法案通過に失敗しているのだ。
では、このカリフォルニア州の食品表示法が成立すると、日本にどのような影響をもたらすか? 次回の(下)で、考える。
油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている
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