科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

「食介護」が中国へ

平川 あずさ

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 9月の25日から3日間、中国で高齢者疾病医学栄養治療討論会兼中日養老モデルと管理サミットフォーラムが開かれた。筆者はこの学会で介護食についてのレクチャーを担当するため上海に行った。今回は、上海での介護食の試みについて紹介したい。

中華料理で介護食の試み

 我が国の介護食の提供は60年前、小田原の潤生園がはじまりである。それは園長の、ターミナル期に入っても最後まで口から食べることによって患者のQOLを高め、尊厳を守りたいとの思いからはじまった。その介護食の元祖は、栄養価もあり、水分補給もでき、喉越しもよく、口から食べる事の満足感が得られるミルクプリン。その後さらに介護食の開発はすすみ、見た目も味も一般食と変わらないような工夫を凝らし、バラエティに富んだ介護食が生まれた。

 一方中国では、高齢者が1億人を超えているにもかかわらず、介護食と言う概念はまだない。复旦大学附属华东医院の孫建琴教授らが来日の際に初めて介護食の存在を知ったものの、どのように作ったらいいのか分からないので、教えてほしいという。そこで、上海の复旦大学附属华东医院の栄養部の人々に介護食の作り方をレクチャーし、かつ、学会のランチで5品の試食用介護食200人分を実際に提供することになった。

“口から食べる幸せ”づくり

 「食介護」については連載の第一回で述べたとおりだが、この「食介護論」の確立に潤生園の存在は欠かせない。そこで、中国料理のメニューを潤生園に伝え、それらを介護食にどうすればできるのか、栄養課長の尾上千鶴氏に試作していただいた。その作り方をもとに、中国で伝える役目を私が担うことになった。

<中華料理の介護食4品>

 出発前に生命科学振興会にて盛りつけて撮影したもの。中国の家庭料理を介護食にアレンジ。味付けについてはレシピ通りに作っても食材の違いもしくは味覚の違いによって美味しく作れなかったため、素材を介護食として加工し、ソースをかけることにした。中国ではこの4品とお粥をつくった。

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いざ上海へ

最初に中国の方々へ「食介護」のレクチャー

最初に中国の方々へ「食介護」のレクチャー

ジャガイモを茹でているところ

ジャガイモを茹でているところ

 上海に午後到着すると、上海でもっとも高度な医療専門病院といわれる華東病院の栄養部へ案内された。そこで、今回のプロジェクトが具体的にどんなものかを知った。高度医療専門病院のためか、管理栄養士はだれ1人として現場には入らない。論文を書くことが仕事というPh.D(博士)達を前に「食介護」の説明をすることになった。

 衛生管理がとても良い状態とはいえない厨房のなかでの作業が始まり、その日はとりあえず2品作ってみようということになる。
 まず鍋に湯を湧かそうとすると大きな中華鍋しかない。仕方がないので、火力も強火でなかなか調整ができないその中華鍋を用いることにした。通訳として潤生園の安石 皓先生がいるものの、なかなか言葉が通じない。一瞬、途方に暮れそうになったが、潤生園の時田佳代子氏の「大丈夫、できるわよ。それでやりましょう!」という励ましのひと言でスタートした。時田先生は実際に3日間とも厨房で一緒に作業をしてくださったのでとても心強かった。

 初日に作った2品というのは菠菜(青菜のおひたし)と咖喱鸡土豆(ジャガイモのカレー煮)。中国にあるジャガイモはおそらく冷凍だろうと推測し、レシピを逸れように調整してきたのだが、実際にあったのは生のジャガイモだった。しかもさらさらとしたメークインだったため、日本で作ったようにはカレー煮のジャガイモだけがうまく固まらず、介護食らしさが不足してしまった。また、中国の野菜は、全般的に日本にあるものと同じような種類が出回っているのだが、加熱した料理であっても苦味やアクの強いものがあり、日本の野菜とはかなり違う。日本は本当に野菜がおいしい国だと再認識できた。

 翌日は残りの3品を作り、午後は現地の管理栄養士さんたちに本当に覚えたかどうか、本番前に試作をしてもらった。文化の違いもあってなかなかうまくはできなかったが、最後には完成することができた。学会の当日は病院で作ったものを学会会場まで運び、会場で盛りつけてなんとか時間前にセッティングすることができた。

 すべてが慣れない環境の中、初めての経験で驚きの連続であったが、私たちの熱意が中国の管理栄養士さんにも伝わったようでとても感謝され、よい友になれたことを確信した。

  • 試食を盛りつけた様子
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試食を盛りつけた様子

中国の高齢者対策は「9073」

左から潤生園の安石 皓先生、筆者、潤生園の時田佳代子先生、華東病院の管理栄養士さん

左から潤生園の安石 皓先生、筆者、潤生園の時田佳代子先生、華東病院の管理栄養士さん

 中国は人口が多いだけに、高齢社会と言われている日本よりもむしろ高齢問題が切迫していることがわかった。中国では一生のうちの80%の医療費が死ぬ直前の1ヶ月間に使われるといわれていて、この1ヶ月の医療費をどうするのかが最重要課題となっていた。さらにこのままだと薬剤が足りなくなることも懸念されている。そのためには「食」で解決するという試みを実行せざるを得ない。
 中国政府が高齢者対策として出したスローガンは、「9073運動」。これは、高齢者の90%の人が在宅で過ごし、7%が社区というコミュニティーで過ごし、3%が養老院で過ごすというものである。今まで中国では富裕層はお手伝いさんを雇って介護してもらえるが、庶民は介護が必要な高齢者がいても、近所の助け合いのみの範疇で放置されてきた。しかし、それではラチがあかず、90%の在宅ケアの充実に向けて中国が動き出さざるを得なくなったのである。
 このように医療環境には限界はある。しかし、本人に寄り添いケアを行うことにおいて限界はない。人が人を大事に考える限り、国境を超えても「食介護」は必ずできると実感した。同時に、現在の時点では、先に進んでいる日本がお手本になるシナリオとなってはいるが、うかうかしているとすぐに追い抜かれそうな勢いがあり、人間臭さを併せ持つ中国の国民性に魅力を感じた旅であった。
 最後に渡航前にアドバイスをくださった潤生園のみなさま、日本介護食品協議会の藤崎亨さま、トロミ剤をご提供くださった宮源さま、ホリカフーズ株式会社の別府茂様、その他関係者の方々に深く御礼申し上げたい。

執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい