野良猫通信
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
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東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
フィンランド食品局が、シャグマアミガサタケの毒素についての研究を発表しました。
Report: Nearly one-fifth of toxin remains in false morels despite boiling recommendation – Finnish Food Authority May 26/2025
シャグマアミガサタケは世界中でよく見られる毒キノコで、ほとんどの国で食用として販売することは禁止されています。ところがフィンランドだけは販売が合法なのです。ただし毒抜きをするための調理方法を一緒に提供することになっています。フィンランド食品局は定期的にこのシャグマアミガサタケの調理についての注意喚起をしてきていました。
シャグマアミガサタケを適切な処理をせずに普通のキノコと同じように食べてしまった場合はどうなるか、ですが、症状は吐き気、嘔吐、下痢、重症では神経症状、肝障害、そして多臓器不全による死亡、となっています。
以下のポーランドからの症例報告では、アミガサタケと間違えて食べてしまった3人の急性肝不全が報告されています。一人は脳症の兆候が出て肝臓移植も検討されたものの回復、一人はもともと肝臓に既往症があり、キノコを食べてから5日後に多臓器不全で死亡したとあります。
Acute liver injury, acute liver failure and acute on chronic liver failure: A clinical spectrum of poisoning due to Gyromitra esculenta – ScienceDirect
そんな恐ろしい毒キノコを何故食べるのか、がいつも不思議なのですが、とにかくフィンランド食品局の勧める前処理方法は、大量の水を加えて5分間沸騰させることを2回繰り返すこと、です。
シャグマアミガサタケに含まれる有毒成分の一つはギロミトリンという発がん物質です。ギロミトリンは分解してモノメチルヒドラジン(MMH)という揮発性の毒素になるため、シャグマアミガサタケの毒抜きの際には台所の換気を良くし蒸気を吸入しないように注意する必要があります。
フィンランドでは春一番に生えるキノコとして人気があるらしく、毎年のように季節が来ると注意喚起がなされてきました。なお世界的に最も有名な致死的毒キノコであるタマゴテングタケは秋のキノコです。
ところが今回フィンランド食品局が発表したのはこの調理のための助言に従ってシャグマアミガサタケを処理しても、毒素の18%はキノコに残ったままである、ということです。
他に乾燥させても毒素は半分にしかならず、毒素を完全に除去するいい方法はないと発表しました。
さらにフィンランド食品局はシャグマアミガサタケのリスク評価を試みます。フィンランド人はよく採れる季節にシャグマアミガサタケを300万食を食べると推定されています。フィンランドの人口が約556万人なのでこれは結構びっくりする数字です。毒キノコをわざわざ食べるのは一部の人たちだけ、ではないようです。
そしてギロミトリンとMMHの毒性について、ですが、これらは明らかに有害物質であり、特に有用でもないので食品に意図的に添加しようとする人はいませんので添加物や残留農薬のようなきちんとした安全性試験データはありません。さらに普通に食べて急性毒性で死亡するようなものなので長期間摂取した場合の影響は不明です。動物実験では各種のがんを作ることがわかっているので、ヒトでも発がん性があるとみなして摂取しないことを薦める、のが一般的でしょう。実際多くの国ではシャグマアミガサタケは毒キノコなので食べないです。でもフィンランドの人は食べたいので、「信頼できるデータがないのでヒトでの毒性はわからない」というのです。
フィンランドでは長い間このキノコを食べてきたけれども、近年死亡例は報告されておらず、重症の中毒も稀だそうです。一方で中毒情報センターには毎年シャグマアミガサタケを食べたことによる軽い中毒事例は報告されているとも書いています。中毒事例の報告は一般的には実際におこっている事例よりはるかに少ないですし、急性毒性が出ない量のギロミトリンとその代謝物の有害影響がもしもがんだとしたら、中毒情報として収集される可能性はほとんどないです。
フィンランド食品局はシャグマアミガサタケの健康リスクをよりよく評価するために、キノコやキノコ料理のギロミトリンの量や、ギロミトリンとその代謝物のヒトでの影響についてのさらなる研究が必要だとしています。そのような研究をしたい国はフィンランドの他にはないでしょうし、動物で有害影響がわかっている物質をヒトで調べるには相当な理由が必要です。
食品添加物や農薬のような人工の化学物質に対しては、安全性が証明されなければ危険とみなすとする予防原則や安全性データがあってもできるだけ使わないようにという姿勢を示すことが多い欧州の国で、この毒キノコについての寛容さは極めて異質です。
それだけ食に関する文化的背景がリスク認識に影響するということなのでしょう。
海外から見たら日本食のフグやひじきが同じように「何故そこまでして食べるのか」と思われているかもしれません。
ただ今回のフィンランド食品局の発表は、変化のきっかけになる可能性はあります。これまで二回茹でることでほとんどの毒素が無くなると思われていたのが実は結構残っているという新しい情報をもとに、国民がどう判断するかはこれからです。文化や価値観は時代とともに変わります。今後どうなるかは注目していきたいと思います。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。