科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

消費者委員会がトランス脂肪酸の表示を検討 科学的な議論を望む

森田 満樹

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 トランス脂肪酸の表示が、動き始めています。舞台は消費者委員会。きっかけとなったのは、部会委員であるJA全農関係者が出した意見書でした。その内容は、食品安全委員会のリスク評価書を不適切に抜粋して、トランス脂肪酸の不安を煽ったもの。しかし、消費者委員会はこれを受けて、突然、ワーキング・グループを作ることを決めたのです。消費者委員会には今後、科学的な知見を踏まえて、検討を進めてもらいたいと思います。

●食品安全委員会のリスク評価書を反映していない意見書

 まずは、きっかけとなった意見書です。2014年3月12日に開催された消費者委員会食品表示部会の栄養表示に関する調査会及び3月26日に開催された食品表示部会で、部会委員であるJA全農 食品品質・表示管理部長の立石幸一委員が提出したものです。

 立石委員は意見書で「トランス脂肪酸を今後の栄養表示の義務対象とするように」と、求めています。その根拠としているのが、食品安全委員会が2012年3月にまとめたトランス脂肪酸のリスク評価書と、新開発食品専門調査会の議事録の抜粋です。しかし、そこには肝心かなめのリスク評価書の「結論」部分が抜けています。

 食品安全委員会のリスク評価書の「結論」とは、評価書のp73で「日本人の大多数がWHOの勧告(目標)基準であるエネルギー比1%未満であり、また、健康への影響を評価できるレベルを下回っていることから、通常の食生活では健康への影響は小さいと考えられる」というものです。そして、「脂質に偏った食事をしている人には留意する必要あり」「トランス脂肪酸はヒトに不可欠なものではないことから、できるだけ摂取を少なくすることが望まれる」「しかし、脂質は重要な栄養素であることからバランスのよい食事を心がける必要あり」となっています。

 食品安全委員会ではトランス脂肪酸にかんする情報もまとめて提供しています。ここにある評価書の概要も、やはり結論部分を抜粋したものです。これらを読めば、わが国ではトランス脂肪酸についてリスクはそれほど大きくはなく、飽和脂肪酸など他の栄養素とのバランスで考えるべきだということがわかります。

 しかし、立石委員はこの評価書から「極めて重大な健康リスクについての警告が発せられ、議論の中では表示の必要性にも言及されている」と結論づけています。意見書の1Pには、立石委員の解釈による【食品安全委員会 食品健康影響評価の概要】の8項目が掲載されていますが、以下の点で問題があります。

 まず(1)の記述には、妊産婦、乳児・幼児等の悪影響が報告されているとして、その内容を紹介したものです。確かに評価書は、アメリカの研究報告で胎児の体重減少や流産等いくつかの研究報告(P57~P59)が示しています。しかし、評価書の「結論(P73)」の部分ではこの部分を受けて「しかしながら現時点での平均的な日本人の摂取量において、これらの疾病罹患リスク等と関連があるかは明らかではない」と記述しています。

 (2)の記述は、評価書の中にはありません(トランス脂肪酸摂取量のエネルギー比0.1%減少させると1.15%の心筋梗塞発症者が減少し、約9,000人の虚血性疾患の新関数の減少が期待でき、心筋梗塞の死亡者で年間約500人の減少が期待できるという内容)。この記述は、新開発食品専門調査会の審議の過程ではありましたが、77回79回で時間をかけて検討をされ、最終的にはこの記述は妥当ではないとされ、削除された部分です。

 (4)の記述は、評価書P70の「代替脂肪酸との比較」から抜き書きしたものらしいのですが、解釈が間違っています。評価書では、エネルギー比2%のトランス脂肪酸摂取量の増加は23%の冠動脈疾患増加となっていますが、立石委員の意見書は「2%のトランス脂肪酸を他の栄養素に置き換えた場合に冠動脈疾患が23%減少」となっています。

 (5)(6)(7)の記述も評価書の中にはなく、審議の途中過程で議事録の中で発言した委員の意見を抜粋したものです。

 (なお意見書の5pに、専門調査会における議事録よりトランス脂肪酸の低用量のドーズレスポンスについて触れた部分が抜粋されていますが、その下に「*ドーズレスポンス 一定量を超えないと影響がでてこない。」と用語説明が付け加えられています。この用語説明は間違いで、食品安全委員会の用語説明ではありません)

 以上のように、立石委員は食品安全委員会のリスク評価書を不適切に抜粋し、曲解して「極めて重大な健康リスクについての警告が発せられている」とし、そのうえで「将来にわたる国民の健康リスクの大きさからも、我が国においても諸外国と同様にトランス脂肪酸を表示義務の対象とするべき」としています。

●立石委員の意見書を受けて、消費者委員会が4月から検討を開始

 しかし、立石委員のこの意見書に対して、消費者委員会は動き始めました。3月12日に開催された栄養表示調査会で、消費者委員会の委員で食品表示部会部会長の阿久澤良造・日本獣医生命科学大学応用生命科学部長は、次のように述べています。
「本日、立石委員の意見書が出ているが、トランス脂肪酸については食品安全委員会の評価書が出ており、健康影響があるところは科学的にも明らかにされている。その取扱いについては、科学的知見に基づき十分に検討する必要があると思う。(中略)食品安全のリスク管理だけではなく、食育などを含めた幅広い検討が必要と考えている」

 さらに3月26日に開催された食品表示部会で、阿久澤部会長は以下のように述べました。
「実は昨日3月25日に開催された第150回消費者委員会においてワーキング・グループ設置の決定を頂いた。今後は、親委員会の消費者委員会の下に特設された食品ワーキング・グループで、この問題を検討する。
メンバーは私を含め、消費者委員の夏目智子委員、唯根妙子委員の3名で、運営規定では座長は必要に応じて臨時委員、これは立石委員もそうだが、専門委員を会議に出席させることができる。科学的知見を確認しながら、消費者基本計画に示されたトランス脂肪酸と飽和脂肪酸などを含めた食品のリスク管理の状況について、フォローアップとして検討を進める予定である」

 阿久澤部会長のこの決定に、どの委員からも反対意見は出されることはありませんでした。しかし、日本生活協同組合連合会品質保証部安全政策推進部長の鬼武一夫委員は「消費者委員会が決定したということで、不服はない。ただし、その検討は部会にどうアウトプットされるのか。トランス脂肪酸の表示については、他の表示項目とのバランスもあり、1つだけを取りだして議論するのは難しい。これまで、消費者庁で『トランス脂肪酸に係る情報の収集・提供に関する関係省庁等担当課長会議』や、『栄養成分表示検討会』でかなりの議論をしてきた。食品安全委員会でも調査研究を行っている。そういうなかみを含めて十分に検討してもらいたい」という意見が出されました。

●トランス脂肪酸の表示は、他の表示項目とのバランスを考えて

 鬼武委員のコメントのとおり、トランス脂肪酸の表示については、消費者庁がこれまで時間をかけて検討を行ってきました。2011年2月に「トランス脂肪酸の情報開示に関する指針について」発表を行い、食品事業者に対して、トランス脂肪酸を含む脂質に関する情報を自主的に開示する取組を進めるよう要請しています。

 2011年8月には、消費者庁のもとで開催された栄養成分表示検討会が報告書をまとめています。そこでは、栄養成分の優先度の見直しを示しており、トランス脂肪酸については最優先項目とはされず、ビタミンやミネラル類、食物繊維、糖類、飽和脂肪酸、コレステロールとともに、科学的根拠の程度や国民の摂取状況、今後の国民の健康状態の変化等を踏まえ、「引き続き検討すべき項目」の1つとされました。

 食品業界ではトランス脂肪酸を減らそうと、原料や製法を変更したりしていますが、そうなると飽和脂肪酸の含有量が増えるという「トレードオフ」が起こってしまうという問題が出てきます。トランス脂肪酸の一点ばかり気にすると、飽和脂肪酸の上昇を見逃してしまい、かえってリスクが高まってしまうことが懸念されます。トランス脂肪酸の表示は、飽和脂肪酸やコレステロールなどほかの脂質の成分とともに、バランスを考えながら議論を進めることが重要だと思います。
参照
「科学無視のトランス脂肪酸批判 思わぬ弊害が表面化」
「食品安全委員会意見交換会 トランス脂肪酸の評価書案について」

 その後、2013年には米国FDAでトランス脂肪酸の使用規制が発表されたり(決定ではなく、パブリックコメントが終わった段階)、日本動脈学会からも要望書が出されたりと、トランス脂肪酸を取り巻く動きはありました。しかし、食品安全委員会の評価書の結論を変えるような新しい知見は出ていません。

 今後、消費者委員会のワーキング・グループで議論がスタートしますが、阿久澤座長がおっしゃるとおり「科学的知見に基づき十分な検討」を望みます。公開で行われますので、今後も傍聴をしていこうと思っています。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。